平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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結城昌治『軍旗はためく下に』(中公文庫)

陸軍刑法の裁きのもと、故国を遠く離れた戦場で、弁護人もないままに一方的に軍律違反者として処刑されていった兵士があった。理不尽な裁きによって、再び妻とも恋人とも会うことなく死んだ兵士の心情を、憤りをもって再現し、知られざる戦場の非情を戦後世代に訴える、直木賞受賞の著者代表作。(粗筋紹介より引用)

伍長は占領地の湘李村東方で好きな女ができ、そこから帰隊する途中で八路軍と遭遇。負傷後に捕虜となり、脱走して日本軍憲兵隊に自首したが、軍法会議で死刑の宣告。「敵前逃亡・奔敵」。

中支で女にうつつを抜かす大隊長、酒色に耽る後方の将校たち、前線に届かない食料や爆薬等を私物のように振る舞う将校らの所業に耐えかね、薬指を切って血書をしたため、師団長に直訴した大隊長の当番兵。しかし自ら指を切ったことを従軍免脱とこじつけられ、軍法会議で死刑の宣告。「従軍免脱」。

敗色濃厚のフィリピン、バギオ戦線。物資がなくなり、中隊長の独断で退却したが、連隊副官が中隊長を罵倒し、面前でめった打ち。前線に無理矢理戻した。その中隊はほとんどが戦死。しかし他の中隊はとっくの昔に引き返していた。そして副官は戦後アメリカ軍の出入り商人として大儲けしていた。「司令官逃避」。

バースランド島の部隊にいた軍曹は、敵前投与逃亡の罪で処刑されたため、遺族に対する扶助料は国から支払われなかった。しかし、この軍曹に関する軍法会議の書類は残っておらず、そもそも離隊理由すらわかっていなかった。遺族の依頼を受けた者は関係者を訪ねるが、わかったのは正規の手続きを経ずに処刑されたということだけ。「敵前党与逃亡」。

バースランドにあるベラ島。暴力の限りを尽くし、食料を独り占めにした小隊長を、部下のうち6名が殺害し、軍医に事故死と認めさせた。ところが終戦後、捕虜になっていた彼らのあるへまからこの事件が明らかになった。終戦下でも、まだ陸軍刑法はまだ有効だった。3名が死刑に、残り3名が無期懲役となった。「上官殺害」。

作者が取材にあたった実際の事件をもとに書いたフィクション5編。「中央公論」1969年11月号〜1970年4月号連載。1970年、第63回直木賞受賞作。



戦争の愚かさ、そして軍隊における末端の人間たちの悲劇を書き表した傑作。フィクションとはいえ、作者があとがきで残しているように、いずれも実際にあった事件をもとにしている。もちろん、もっと悲惨な事件があったのだろう。そして数多くの、名もなき者たちの悲鳴が轟いていたのだろう。しかし、そのような都合の悪い部分には目をつぶり、権力者たちは戦争という時代を都合よく乗り越え、自らの過去を都合よく抹消し、そして悲惨な出来事をなかったものにしようとしている。挙げ句の果てに、「自虐史観」なる名前を付けて排除することにより、侵略の歴史を正当化しようとしている。彼らの足下で、いったいどれだけの名もなき民衆が踏みつぶされていったことか。

祖国日本を信じ、そして祖国に裏切られた人たちのうちの、たった5編をまとめたものだが、それでも戦争の悲惨さがよく伝わってくる。我々はあの戦争を二度と起こしてはならないと胸に刻み、為政者にとって都合の悪い歴史が抹殺されないようにしたいものだ。

この作品は1972年に映画化されている。内容を読むと、どうも「敵前党与逃亡」をシナリオにして映像化したもののようだ。