平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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曽根圭介『沈底魚』(講談社)

沈底魚

沈底魚

毎朝新聞に載っていたスクープ。二ヶ月前に米国へ亡命した中国人外交官が証言した。中国に機密情報を漏洩していた国会議員は、現職国会議員、しかも与党の閣僚経験者である、と。しかし、その情報は、中国が日本国内で行う非公然活動を監視する警視庁公安部外字二課には伝わっていなかった。当初、その情報はデマであると日米統一見解が出されたが、警察庁外事情報部から二課へ来た凸井美咲理事官の指揮の元、調査を始めることとなった。北京の謎の情報提供者、ホトトギスもまた、このスパイのことについて示唆してきたという。大物政治家が正体であるという大物の「沈底魚」、マクベスは実在するのか。それとも中国による偽装工作か。様々な思惑を秘めたまま、外事二課の公安刑事たちは動き出した。

第53回江戸川乱歩賞受賞作。



今回の乱歩賞は、公安刑事もの。昔からある題材とはいえ、現在の社会情勢を踏まえて作り上げた設定は悪くないし、登場人物もそれぞれ個性的。主人公の不破よりも五味や若林といった脇役のほうに存在感があるのは、たぶん作者の計算だろう。特にマンボウが出てくるシーンは秀逸。描写や言葉を控えめにしつつ、それでいて必要な情報はしっかりと伝わるようにしてある筆運びも悪くない。ただ、面白かったかといわれたら、今ひとつというところか。悪くはないと思うが、物足りなさが残る。

選評で綾辻行人が書いていたが、「後出しじゃんけん」的なところがどうもひっかかるのだ。引っかかる大きな原因は、特に主人公の素直さにある。一匹狼を気取る(五味のチームに入らないという点で)わりに、人を簡単に信用しているところが、公安刑事としては少々難があるのではないか。不破がもっとしっかりしていれば、事件は全く別の面を迎えていただろう。自分がイメージする公安刑事とのギャップが、都合よい展開も含めて、腹立たしくもある。

たぶん作者は、書ける実力のある人だろう。題材の料理方法も悪くない。ただ、3割バッターになる実力はあるが、大ヒットを飛ばすタイプではない。その印象を覆すことができるか。