平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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石持浅海『顔のない敵』(光文社 カッパノベルス)

顔のない敵 (カッパ・ノベルス)

顔のない敵 (カッパ・ノベルス)

鮎川哲也編『本格推理12』(光文社文庫)に掲載された「地雷原突破」を初めとする、「対人地雷」シリーズ6編「地雷原突破」「利口な地雷」「顔のない敵」「トラバサミ」「銃声でなく、音楽を」「未来へ踏み出す足」を収録した短編集。さらに『本格推理11』(光文社文庫)に掲載された処女短編「暗い箱の中で」を収録。

『本格推理』は途中でやめてしまったので、「対人地雷」シリーズを読むのは初めてである。名前は聞いていたが、「対人地雷」という言葉やものが、本格ミステリとどう絡むのかが想像もつかなかったのであるが、読んでみると作者の巧さに唸らされる。「対人地雷」という兵器の恐ろしさと、その兵器を除去するために取り組む人々の苦労、そして「対人地雷」を取り巻く現実などを、下手な主張を振り回さずにしっかりと書きながらも、作品そのものは本格ミステリとして成立しているのである。思いつけば簡単なことなのかもしれないが、その思いつくまでが大変だっただろう。作品としてのコンセプトを統一したまま、六編の本格ミステリ短編を書き上げたその腕に拍手したい。

登場人物が各作品でラップすることも見逃せない。例えば「地雷原突破」で出てくる坂田は、過去に遡った「顔のない敵」「銃声でなく、音楽を」に登場する。「利口な地雷」で探偵役を務める小川は「トラバサミ」にも登場。「顔のない敵」で少年だったコンは「未来へ踏み出す足」では立派な青年となって登場する。「地雷原突破」ではどうしようもなくいやなやつだったサイモンは、「銃声でなく、音楽を」では異色な、そして目を離すことのできないキャラクターとして登場している。他にもラップする登場人物は多い。様々な考え方を持つ人たちが、色々な作品でクロスすることにより、対人地雷に対する取り組み方・考え方・行動をあらゆる角度から照らし合わせている。

肝心の“本格ミステリ”度であるが、こちらは長編と同様の保証付き。通常では考えられない極限状態の中で繰り広げられる論理的な推理。前半三作と比較すると、最近に書かれた後半三作の方にやや強引さが見られるのは残念であるが、面白さに変わりはない。短編でも、切れ味鋭い作品を残しているのはさすがだ。

処女短編「暗い箱の中で」は、閉じこめられたエレベータで発生した殺人事件の謎を解く。動機はかなり強引だが、“なぜ”の部分で繰り広げられる推理は面白い。

日本ミステリ短編集史に残る傑作であり、2006年度を代表する一冊。さすがに1位には選ばれないだろうが、ベスト10には入ってくるだろう。石持浅海の原点である。