平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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船戸与一『伝説なき地』上下(双葉文庫 日本推理作家協会賞全集第58、59巻)



ベネズエラの名門エリゾンド家が所有する涸れた油田地帯から希土類と呼ばれる超伝導物質が発見された。独占的採掘権を餌に巨億の富を手に入れようと画策する当主ベルトロメオ。欲望に操られて憎しみ合う親兄弟と情婦ベロニカの血で血を洗う闘争が始まる。

偽名でサンタマルタ刑務所に入っていた丹波春明は、所長の陰謀で第九雑居房へ移動させられる。そこは、収容者が十名を越えると、必ず死者が出るという噂があった。この事件の黒幕は、南米左翼革命運動の闘士である鍛冶志朗。麻薬密売組織から強奪した2000万ドルの在処を知っているのは、相棒である丹波であった。丹波は鍛冶の目論見通り、刑務所を脱獄する。

教祖、マグダレナのマリナを中心とするコロンビア難民たちは、共和国建設を唱え、涸れた油田地帯に集まってきた。マリアは予言する。この地で祭りが始まると。

運命に導かれるようにして集まってきた人たちは、涸れた油田地帯を舞台に、血の祭りを繰り広げる。

『山猫の夏』『神話の果て』に続く南米三部作として、1988年に書き下ろしで発表。1989年、第42回日本推理作家協会賞長編賞受賞作。



1980年〜1990年代といえば、船戸与一の時代といっていいほど、船戸の冒険小説は圧倒的なボリュームと壮大なスケールで他の作家を圧倒していた。もちろん、他の冒険小説作家にも素晴らしい作品は数多くあるのだが、毎年のように重厚な作品群を書き続けてきた作者には、遠く及ばないと思う(志水辰夫がずっと冒険小説を書いていてくれたなら……)。

今回、15年ぶりに再読したのだが、結末をわかっていても、その面白さは全く変わらなかった。重厚なストーリーと、迫り来るバイオレンス。血で血を洗うこの物語は、ベネズエラという国の断面を切り取った暗黒史の一場面と言ってもおかしくないだけの内容を持っている。徹底的な取材により、物語に密着したベネズエラという国そのものがこの中に取り込まれている。歴史という舞台では、一個人などただの駒に過ぎない。しかし、駒そのものにも主張する権利はあるし、時代を塗り替えるチャンスはあるのだ。ここに登場する人物は、世界を変えようとする革命家から、字も知らないお手伝いまで、誰もが感情を持つ血の通った人間である。立場が違っても、生きていることに変わりはない。世界中の人たちから見たら、たった数行で語られてしまうような歴史の裏に、数多くの血と涙が流されてきている。

このころの船戸は、何を読んでもいいね(最近は読んでいないので……)。