平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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翔田寛『影踏み鬼』(双葉文庫)

影踏み鬼 (双葉文庫)

影踏み鬼 (双葉文庫)

若き狂言作者が師匠鶴屋南北から聞いた、大店の若主人の子供が拐かされた事件の真実と、その恐るべき顛末とは。「影踏み鬼」。

盲人で頭に傷を負っている鳴り物芸人ヨシは言う。草鞋を脱いで世話になっている藁屋には幽霊がいると。それはかつて家を飛び出した娘の幽霊なのか。「藁屋の怪」。

終生、私の亭主は政吉一人。政吉の三回忌を過ぎても、加代はそう思うのだ。しかし政吉は凶状持ちで、でかいだけの独活の大木だった。加代はなぜそこまで政吉のことを想うのか。「虫酸」。

お雪は、落語家の父親が10年前に殺害された当時の錦絵を見つけた。そこには、本来いないはずのお雪とねえやのタツ子が書き加えられていた。先日殺害されたタツ子は、あえて不幸になるような人生を選んでいた。「血みどろ絵」。

歌舞伎役者坂東彦助は、舞台で大きなトチリをしてしまい、客に笑われた屈辱から、翌日自殺した。しかしその自殺には、ある隠された出来事があった。「奈落闇恋乃道行(ならくのやみこいのみちゆき)」。

第22回小説推理新人賞受賞作「影踏み鬼」、協会賞候補作「奈落闇恋乃道行(ならくのやみこいのみちゆき)」など、幕末から明治を舞台に描かれた5編を収録。2001年12月に刊行された単行本に加筆、訂正。



一部で噂になっており、昨年の『消えた山高帽子』でその名前が全国に知れ渡った翔田寛のデビュー作品集。舞台が幕末から明治ということで、時代小説集にカテゴライズされているが、実は本格ミステリとしての一面も備えている。「影踏み鬼」における真相のサプライズ、「奈落闇恋乃道行」に見られる真実までの追跡と推理、「藁屋の怪」における意外な真相などは、本格ミステリファンも十分に満足いくはずだ。

伏線の張り方が一番うまいと唸ってしまったのは「血みどろ絵」。何でもないような出来事が実は事件の真相だったというのは、本格ミステリの醍醐味の一つ。この伏線、いわれて納得いくものであって、推理するのは難しいが、それでも感心してしまった。

幕末や明治の情緒がしっとりと描かれている舞台で繰り広げられる、人間の業の恐ろしさを描いた5つの短編。時代小説として、本格ミステリとして、じっくりと味わう一冊である。