平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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横山秀夫『臨場』(光文社)

臨場

臨場

辛辣な物言いで一匹狼を貫く組織の異物、倉石義男。その死体に食らいつくような貪欲かつ鋭利な「検視眼」ゆえに、
彼には‘終身検死官’なる異名が与えられていた。誰か一人が特別な発見を連発することなどありえない事件現場で、倉石の異質な「眼」が見抜くものとは……。

組織と個人、職務と情。警察小説の圧倒的世界!(出版社紹介より引用)

2000〜2003年に「小説宝石」に掲載された作品を加筆再構成。「赤い名刺」「眼前の密室」「鉢植えの女」「餞」「声」「真夜中の調書」「黒星」「十七年蝉」の8編を収録。



あの執筆量でこれだけハイレベルな短編を書くことができるのか。横山秀夫という作家は本当にすごい力の持ち主だ。

倉石という圧倒的な存在感を持つ人物を解決役に配しながら、倉石はあくまで脇の人物。普通だったら倉石を主役に据えてシリーズに仕立て上げるだろう。しかし主人公はあくまで事件の当事者たち。保身に走ったり、出世を考えたり、同僚に邪心を抱いたりと、警察という巨大機構の中にいるとはいえ、どこにでもいる普通の人たちである。読者はそんな等身大の人物と同じ位置に立つことで、物語の中に取り込まれ、主人公たちと一緒に泣き、笑い、感動することになる。そして倉石という無頼な男の本当の優しさと強さを知ることになる。

そしてこのシリーズの、横山秀夫の凄いところは、警察機構の中にいる人物を描くだけではなく、事件の謎と解決をきちんと織り込むところである。物語の中に巧妙に伏線を張り巡らし、周りの人物(=読者)が何気なく見過ごしそうな風景、動作、証拠などから事件の真相を導き出す腕は見事としかいいようがない。論理的な推理は少ないだろうが、本格ミステリファンにもお勧めできる。

これは去年のうちに読んでおくんだったな。確かにベスト級の作品。ただ、横山秀夫ならこれぐらい書けるだろうと思うところがあるのも事実。全く別の素材を扱った横山秀夫を読んでみたい。