平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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藤田宜永『還らざるサハラ』(講談社文庫)

還らざるサハラ (講談社文庫)

還らざるサハラ (講談社文庫)

パリで恋人ファティを誘拐拉致された春樹は、恋人の故郷アルジェリアに向かう。砂塵舞う果てしなき荒野へ、恋人を求めてどこまでも追跡する春樹の執念は、やがてサハラ北端の街ガルダイヤへ到達する。宗教の戒律に縛られる恋人を何としてもわが胸に取り戻すため、春樹は決死の作戦を敢行した!(粗筋紹介より引用)

1990年1月、講談社より刊行。1993年8月、講談社文庫化。



最初の舞台は1980年のパリ。映画の発破技師のアシスタントであった有曾奈春樹と、端役女優だったアルジェリア人のファティハ・メルバが発破事故を発端として知り合い、恋に堕ちた。しかしファティは拉致される。犯人が兄のセリムであることを知った春樹は、天然ガスプラントを建設中の日本企業に通訳として雇われ、アルジェリアに飛ぶ。建設現場での日本人とアルジェリア人との争い、日本人同士の争いなどに巻き込まれながらも、サハラ北端の街ガルダイヤに住む大金持ちのセルバ家から、春樹はファティの奪還を試みる。

かつてパリに住んでいた作者だから、パリの描写はお手の物だろうが、アルジェリアの描写もまた綿密。当時の社会情勢、同じイスラム教でも宗派や思想の違いによる争い、そして建設現場での荒んだ様子などがリアルに描かれている。もちろんそれだけ取材を試みたのだろうが、それにしてもアルジェリア人の心情まで細かく描いた日本の作品があっただろうか。

恋人を追ってアルジェリアまで追いかける主人公の執念もすごいが、そんな執念を簡単にはねつけてしまうアラブ社会というのはとても複雑だ。新聞社の外信部の記者で、フランスとアルジェリアで停戦協定が結ばれた1962年4月にアルジェリアのカスバで殺害された有曾奈の父親が、物語に絡んでくるところは、少々出来過ぎ。やや物語が主人公に都合よく進んでいる部分があるのは否めないが、これだけ描き切ることができたのであれば作者も満足であろう。

骨太の冒険小説兼恋愛小説、さらに当時のアルジェリアを知りたい人にもお勧めした一冊。恋愛の情熱とは、ここまで熱いものだろうかと思わせる作品である。