平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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多島斗志之『症例A』(角川文庫)

症例A (角川文庫)

症例A (角川文庫)

精神科医の榊は美貌の十七歳の少女・亜左美を患者として持つことになった。亜左美は敏感に周囲の人間関係を読み取り、治療スタッフの心理をズタズタに振りまわす。榊は「境界例」との疑いを強め、厳しい姿勢で対処しようと決めた。しかし、女性臨床心理士である広瀬は「解離性同一性障害(DID)」の可能性を指摘し、榊と対立する。一歩先も見えない暗闇の中、広瀬を通して衝撃の事実が知らされる……。正常と異常の境界とは、「治す」ということとはどういうことなのか? 七年の歳月をかけて、かつてない繊細さで描き出す、魂たちのささやき。(粗筋紹介より引用)

2000年10月、角川書店より単行本刊行。2003年1月、文庫化。



多島斗志之といえば冒険小説側の作家だったが、本作は多重人格を扱った心理サスペンス。二つの話が展開され、一つは精神科医の榊による亜左美を通したストーリー、そしてもう一つは首都国立博物館に勤める江馬遥子が、平安時代につくられたとして重要文化財に指定されている青銅の狛犬を贋作と指摘した父の友人である五十嵐潤吉を探す話である。

亜左美の話には前任の沢村博士が自殺した謎、江馬の話には贋作なのかどうかといった謎などがあるものの、亜左美の障害がストーリーの重点に置かれており、基本的に会話と症状の解説が中心で進むものだから、地味といえば地味。もちろん素人にもわかりやすいように書かれているし、書き方自体も巧みだから惹きこまれるのは事実だが、内容が重すぎて、読むのに疲れる。そんな欠点さえ除けば、非常に優れたサスペンスである。

さまざまな精神障害を描き切り、さらにどう付き合うべきか、と難題に真摯に付き合っているのは見事。最後はやや尻切れトンボになっている感もあるが、逆にこれもまた一つの物語の終わらせ方だろう、とも思う。下手なことを書いては蛇足に見えてくる。

逆に江馬の話については、正直言って不要だったと思う。これがなくても、真相に辿り着かせる方法はいくらでもあったかと思う。誠実に書こうと江馬側の話にもページ数を費やしているため、亜左美の話がややぼけてしまったのは非常に残念である。

解説でカウンセラーが「精神医療の現実がたんねんに調べられている」と書くぐらいだし、参考文献の数からみても、細かいところまで調べて物語を作り上げたのだろうと思う。思い入れが強すぎたのか、もう少し話を整理整頓できれば、と思ってしまう。傑作だが惜しい作品であった。