平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

東野圭吾『ガリレオの苦悩』(文藝春秋)

ガリレオの苦悩

ガリレオの苦悩

銀行に勤める江島千夏が、マンションの自室から転落して死亡した。鍋で殴られた跡があったため、他殺の可能性もあると捜査。大学のテニス同好会時代の先輩であった岡崎光也が、勤める家具店のベッドのパンフレットを持って千夏の家を訪れ、帰宅途中に転落する場面を目撃したと告白。さらにそのとき、ピザ屋の店員とぶつかったと告げた。その店員は、岡崎とぶつかった時に千夏が転落したと証言。捜査本部は自殺と結論しようとしたが、内海薫は女性用下着が入った宅配便が玄関にあったことから、千夏と岡崎が不倫関係にあり、岡崎の犯行だと断言。しかし岡崎のアリバイが解けないことから、草薙たちの賛同を得られない。内海は草薙を通じて湯川に協力を仰ごうとする。しかし湯川は、もう協力するつもりはない、と断った。「第一章・落下る(おちる)」。

「メタルの魔術師」と呼ばれた元帝都大学助教授・友永幸正の家で、かつての教え子たちとの飲み会が開かれていた。幸正は席を外し、教え子たちが酒を飲んでいると、離れの家から炎が上がり、息子の邦宏が死亡。しかし邦宏は焼死ではなく、刺殺だった。邦宏は1歳の時に幸正と母が離婚し、母に引き取られていた。久しぶりに顔を出した時は借金5000万円を抱え、幸正が代わりに払っていた。以後も暴力的でルールを無視し、周囲から嫌われていた。離れは密室で、凶器も見つからず、何が凶器かもわからない。動機のある幸正は家におり、しかも脚が悪く車椅子の生活。内縁の妻の娘で、幸正の身の回りを世話している新藤奈美恵も、教え子たちと一緒にいた。捜査に駆けつけた草薙たちは、そこに湯川がいたことに驚く。湯川も元教え子で、皆とは遅れて来ていた。「第二章・操縦る(あやつる)」。

湯川は友人の藤村伸一に密室の謎を解明してほしいと誘われ、藤村の経営するペンションに来た。宿泊客だった原口清武の部屋を訪ねたところ応答がなく、ドアチェーンと鍵がかかっていた。少し経って、2度目に声を掛けた時は部屋にいる気配がする物の返事がなく、しばらくすると窓が開いていて部屋から転落死していた。どうやって鍵のかかった部屋に原口は入ったのか。捜査を始める湯川だったが、途中で藤村は捜査の中止をお願いする。「第三章・密室る(とじる)」。

一人暮らしの老人、野平加世子が殺害され、金の地金が盗まれた。さらに、飼っていた犬もいなくなった。事件当日、加世子の家を訪れていた保険会社のセールスレディ、真瀬貴美子が容疑者として上がったが、証拠は見つからない。加世子の家を見張っていた内海と岸谷刑事は、加世子の中学生の娘である葉月が外出したので後を付けると、ゴミステーションのゴミ箱から、母の無実の証拠となる飼い犬の死骸を発見した。加世子は自分の持つ水晶の振り子でダウジングをして、この死骸を発見したという。ダウジングはほんとにあるのか。書き下ろし、「第四章・指標す(しめす)」。

警視庁に、「悪魔の手」と名乗る者から手紙が届いた。この人物は、自在に人を葬ることができると警察を挑発。さらに、T大学のY准教授に助太刀してもらうとよい、どちらか真の天才科学者か勝負するのも一興だと、挑戦状が書かれていた。しかも同じような手紙が湯川の元にも届いていた。湯川は、マスコミに取材されて記事になったからこうなったのだと怒る。そして「悪魔の手」の予言通りの墜落事件、交通事故が続けて起こった。「第五章・攪乱す(みだす)」。

オール讀物』『別册文藝春秋』他掲載に書き下ろし1編含む。2008年、単行本刊行。ガリレオシリーズ第4作。



容疑者Xの献身』でもう警察の仕事には関わらないと宣言した湯川だったが、新登場キャラクター、内海薫刑事の誘いに負け、再び捜査に助言することとなる。内海は、テレビドラマ『ガリレオ』が放映されるのに合わせ、産み出されたキャラクターとのこと。逆に言えば、ドラマが始まらなければガリレオシリーズが再開されることはなかったと言えるかもしれない。

今回は湯川の恩師や友人が出てくるなど、やや趣の違ったところがあるため、過去2作の短編集よりも読み応えがある。逆に言えば、湯川や草薙に血が通うようになったため、物語に深みが増したとも言えよう。特に「第二章・操縦る(あやつる)」は本作品中のベスト。科学技術を使用したトリックが使われているものの、トリックがメインとならず、人間ドラマがメインとなった佳作である。

シリーズ物のキャラクターが走りすぎると、ミステリとしての面白さが脇に置かれてしまいがちだが、さすがに東野圭吾は基本的に謎の方に重点を置いているため、本格ミステリとしても面白い物が多い。ガリレオシリーズが一皮むけたのが、本作品集だったと言える。