平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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桂木希『ユグドラジルの覇者』(角川書店)

ユグドラジルの覇者

ユグドラジルの覇者

世界中を放浪し、今はリオデジャネイロに居る矢野健介は、逮捕された友人を釈放させるための金が必要であった。そんな健介の前に現れた知人のトレーダー、"ラタトスク"は、「世界を賭けた戦い」を始めようと告げた。数年後の200X年、インターネットの発達に伴い、世界標準となる電子取引を導入しようとする動きがG8での宣言を機に決定した。その裏に居るのは、欧州貴族が支配する某財閥ネットワークと、アメリカ最大IT企業を作り上げたブライアン・フォッシー。巨大ネットワークによるネットバンクを構築し、世界中の資本を寡占しようとしていた。そんなとき、シンガポールで異常な取引が発生した。

華僑の若き総帥となった趙文濤、娼街育ちのEU経済界の女帝ハンナ・ベルカンツなども巻き込み、新たなる時代に入った経済界を制しようと火花を散らす。

2006年、第26回横溝正史ミステリ大賞受賞。応募時名義橋本希蘭、応募時タイトル「世界樹の枝で」。改名、改題の上、同年6月、単行本発売。



世界金融経済謀略小説、とでも言えばいいのだろうか。確かに「世界規模のコンゲーム」と言ってよい内容となっている。

主人公といってよい矢野健介が序章で消えてから、しばらくは電子取引の話が続く。専門用語が続く場所もあり、内容を理解するのにちょっと苦労したが、それらに関わる人物たちの心理戦が何とも楽しい作品とはなっている。アジア、欧州、アメリカと世界経済の主導権を握ろうとする地域のトップがそれぞれ登場するなど、スケールは格段に大きい。綾辻行人の「大風呂敷の広げ方が、とにかくまず巧い」という選評に納得してしまう。

さて、問題はそこからか。この作品、結末が今一つ、いや、今三つぐらい言ってもよいだろう。ここまでやって最後はそれかいと言いたくなるぐらい、静かすぎる終わり方だった。作品の性格上、派手なドンパチは不要だが、もう少し爽快感のある終わり方は出来なかっただろうか。"ラタトスク"の正体もつまらなかったし。

趙文濤やハンナ・ベルカンツなど、脇を固める登場人物たちがあまりにも魅力的で、主人公の矢野健介に感情移入できなかったのは残念。というか、ハンナ・ベルカンツを主役に小説を書いてほしいぐらい、脇で終わらせるのは勿体なかった。ハンナが関わる心理戦も非常に面白いものであったし、シンガポールでの取引の謎もなかなかのものだった。

結末を読む前だったら「傑作」と言い切るところだろうが、この結末で評価はワンランク落ちてしまう。それでも充分楽しめる作品ではある。動きの少ない取引を舞台にして、これだけ面白い小説を構成できる作者の腕は大したものである。

なおユグドラジルとは北欧神話に登場し、世界の中心に座り全てを支える世界樹のことである。