平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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三上洸『アリスの夜』(光文社)

アリスの夜

アリスの夜

ジャズバー「foolish」の店主であった水原昌彦は、借金で街金に手を出したことから「整理屋」であるアイコー・ファイナンスの手先となり、暴力団の取引先に利用されていた。しかしトラブルで店を失い、ファイナンスの実質的経営者である寒川怜一によってタコ部屋に放り込まれた後、蜂谷稔が経営するハニービー・プロダクションの運転手を勤めていた。芸能プロダクションとは名ばかりでエキストラを集めて連れて行くだけであり、あとはインチキスカウトやオーディションで無知な若者から金を巻き上げているだけだった。そして裏ではロリコンである社会的地位の高い一流人の客に女の子をあてがう幼女売春を行っていた。

ある日、昌彦は店のナンバーワンであるアリスを連れて行き、彼女に惚れてしまう。トラブルからアリスを連れて逃亡することになった昌彦は、追っ手をまき、かつての恋人である龍谷京子の家へ逃げ込んだ。

2003年、第6回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞。応募時名前藍川暁、応募時タイトル「日出づる国のアリス」。加筆改題のうえ、2003年3月刊行。



ジャンルでいわば逃亡サスペンス。確かに水原のいる位置は地獄だが、軟弱でへたれで情けないというだけの結果でしかないから逃げ切れるかどうかという行為にあまり説得力がない。ところが追いかけるほうも人数が少ないから、迫力に欠ける。スピーディーというほどでもないし、息詰まるサスペンスがあるわけでもない。自らの知力・体力で厳しい敵の目をかいくぐるとといった手に汗握る展開も少ない。主人公はもう少し格好良くできなかったのだろうか。

そんな物足りなさを補うのはアリスという少女であるべきなのだが、残念ながら少女の持つ妖しい魅力が全く伝わってこない。「極上の阿片」という言葉だけじゃ、読者は酔いしれることができない。この少女の魅力にもっと筆を費やすべきだった。

元恋人の京子が彼らをあっさりと受け入れるのもどうかと思うし、その顛末も割り切れない部分が多い。学生闘争時代の元女闘士「西瓜割のハルコ」という強烈なキャラクターも扱いがぞんざい。寒川怜一と蜂谷稔の関係も唐突な部分が多い。説明不足と描写不足が目立っている。

この作品でよかったのは、アリスの昼と夜の貌の違いをうまく描いているところぐらいだろうか。もやもや感の残るとこが多い作品であり、選評で大沢が言うような「暴力世界のファンタジー」が空々しい。受賞に相応しい作品かといわれると疑問なのが正直なところであった。それと個人的な好みだが、タイトルは応募時の方が印象に残りやすく、よかったんじゃないだろうか。