平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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秋川陽二『殺人フォーサム』(文藝春秋)

殺人フォーサム

殺人フォーサム

J航空バンクーバー空港所長であるトミオ・オカノが、友人である旅行代理店社長のデイヴィッド・ウォン宅での家族麻雀から深夜に自宅へ帰ってくると、C航空の美人スチュワーデスであるクリスチーヌ・リエルの扼殺死体があった。オカノは一昨年の10月から単身赴任をしていたが、明日はリエルと初めての夜を過ごす予定となっていた。警察が睨む容疑者は三人。クリスの前夫であり、再婚しながらも未練があった不動産セールスマンのマーク・バラゼッティ。クリスの新しいボーイフレンドではないかとオカノが疑っている、C航空の運航管理者で、隣に住むディック・アーチャー。そしてオカノ。しかにこの3人は、死亡推定時刻である午後7時から9時の間は、容疑者3人にウォンを含めた4人で、8?離れたゴルフ場キャピラノでプレー中だった。バンクーバー警察のラポイント警部は、いかにしてこの謎を解くのか。

1993年、第11回サントリーミステリー大賞佳作賞受賞。1994年3月、単行本刊行。



作者は元日本航空の社員で、バンクーバーなどで海外勤務経験があるとのことだから、オカノの経歴などはそのまま自分のキャリアにラップするのだろう。1921年生まれとあるから、受賞時で72歳。老後の趣味で描いたものを送ったら、佳作を取ることができました、といったところだろうか。本作以外に出版された様子はない。もちろん、作品の出来と作者の年齢は何の関係もないのだが。

帯に「本邦初、ゴルフ場「密室」殺人事件!」と大きく謳われているが、期待外れ。ラポイント警部の言葉を引用してみよう。「この事件の場合には、被害者が密室にいるのではなく、加害者と目される有力容疑者が三人揃って密室の中にいるのです。しかもその密室は、このキャピラノ・ゴルフ場という広い、美しい、巨大な緑の密室なのです」。いくらなんでもこじつけすぎ。カナダの警部が容疑者をそろえて自分の推理を滔々としゃべりだし、しかも「密室」云々を語り出すという展開もどうかと思うが、それ以前にこういう状況を「密室殺人事件」とは誰も呼ばない。普通はアリバイトリックと呼ぶべきところだ。このようなケースを「密室殺人事件」などと言ってしまうと、時刻表トリックは犯人が列車という密室にいるからすべて「密室殺人事件」になってしまう。選評で指摘を受けたかどうかはわからないが、せめて不可能犯罪くらいにとどめておいてほしかった。

小説の中身であるが、プロローグでオカノが死体を発見、第一部でオカノとクリスの出会いから事件前日までの流れ、第二部でラポイント警部がウォン、オカノと一緒にゴルフ場を回りながら事件当日の状況を細かくチェック、第三部でラポイントが犯人を指摘するというものである。ゴルフ場を回るだけで、このトリックを解くんかい、と突っ込みたくなるが、トリックそのものは非常にシンプル、というか誰もが想像しそうな程度のものであり、ミステリとしては弱すぎる。では小説として面白いのかどうかと見ても、第一部がとても長く、それでいて男を狂わす存在として書かれているはずのクリスの魅力が全く伝わってこないから、読んでいて退屈になる。これがなぜ最終選考まで残ったのか、出版されたのか、非常に疑問である。

自分のキャリアを生かした薀蓄が語られるわけでもなく、ゴルフ場の美しさが描かれているわけでもなし。推理小説としても単純。せっかくカナダのバンクーバーを舞台にしているのならば、もう少しご当地小説みたいに書けなかったのか。不満だけが残る作品であった。