平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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大門剛明『雪冤』(角川書店)

雪冤

雪冤

平成5年初夏―京都で残虐な事件が発生した。被害者はあおぞら合唱団に所属する長尾靖之と沢井恵美。二人は刃物で刺され、恵美には百箇所以上もの傷が……。容疑者として逮捕されたのは合唱団の指揮者・八木沼慎一だった。慎一は一貫して容疑を否認するも死刑が確定してしまう。だが事件発生から15年後、慎一の手記が公開された直後に事態が急展開する。息子の無実を訴える父、八木沼悦史のもとに、「メロス」と名乗る人物から自首したいと連絡が入り、自分は共犯で真犯人は「ディオニス」だと告白される。果たして「メロス」の目的は? そして「ディオニス」とは? 被害者遺族と加害者家族の視点をちりばめ、死刑制度と冤罪という問題に深く踏み込んだ衝撃の社会派ミステリ、ここに誕生!(帯より引用)

2009年、第29回横溝正史ミステリ大賞、ならびにテレビ東京賞をW受賞。応募時タイトル「ディオニス死すべし」を改題、加筆修正。



テーマが死刑制度と冤罪と書いてあったので、とりあえず読んでみたけれど、首をひねるところが多かった。

作者が本当に死刑制度問題他に取り組んでみたかったのか、単にネタとして旬だから使ったのかはわからないが、情報量が多すぎてこなれておらず、詰め込みすぎによる消化不良を起こしている印象。被害者遺族と加害者遺族の視点、死刑存続および廃止の主張について一方的に偏らず、両方の主張をそれなりに対比させて書いたことは評価できるけれど、逆に作者が訴えたかったことがまるで伝わらない結果になっている。

さらに問題なのは、これでもかとばかりにどんでん返しが結末で続くこと。ただでさえ登場人物の描写不足、背景の説明不足が続くのに、さらにこんがらがるようなことを書いてどうするのと言いたい。真相がめまぐるしく変わる内に、作者自身が目を回して倒れてしまったまま終わったような結末である。

小説だから問題ないだろうと周囲は言うだろうが、余計なツッコミをする。35年ぐらい前に神谷実という人物が求刑死刑で懲役15年判決が出ているが、この時期にこんなことはまずあり得ない。例え親の虐待が遠因にあったとしても、せいぜい無期懲役判決だろう。求刑死刑で有期懲役判決なんて、起訴事実そのものに誤りがあったとかじゃないとしか考えられない。もっとも、35年前に殺人被害者1名+屍姦で求刑死刑という方が信じられないのだが。

良かったなと思えるのは、黒人霊歌の使い方ぐらいかな。そこだけは読み終わってお見事と言いたくなった。

いずれにしても、未熟な新人が分不相応なテーマに挑んだが調理しきれずに失敗したという印象しかない。第2作でどこまで成長できるかがカギである。



自分は法学部出身ではないので大した勉強をしているわけではないが、それでも死刑問題とかを題材にした作品を読むと、これはおかしいだろうと直感的に思うところがいくつか出てくる。この作品の場合、動機とか構成に関わるんじゃないのと思えるところがあるので、以下に記載する。



八木沼慎一は死刑確定からすでに4年以上経っており、さらに再審請求を提出していない。2008年の死刑を巡る情勢で、確定4年以上で再審請求を出していない死刑囚なんて、執行サイン目前だということは素人でもわかる話。法務省に再審請求準備中だなんて書類を出したって何の効力もないことは、2008年6月に執行された宮崎勤元死刑囚の例を見てもわかずはず。証拠が無くても、100箇所以上のメッタ刺しなんてまともな精神状態じゃあり得ないから、犯行時の精神状態でも争えばとりあえず請求そのものは可能だろう。自分だったらまず弁護士の石和を疑うね。というか、ずっと疑っていた。こんな弁護士は有り得ない(といいながら、飯塚事件でも弁護士が似たような失敗をしているわけだが)。

それと、あの程度の証拠で判決がひっくり返すことができるとは思えない。ナイフに八木沼の指紋が付いているわけだろう? 八木沼が共犯者に渡したやつだろう、と検察や裁判所が言ったらそれでおしまいになる話。むしろ証拠が出てきて、八木沼犯行説の補強になってしまう。のこのこ凶器を持って出てきた人が、証拠隠滅容疑あたりで調べられるだけ(時効だから捕まることはない)。

そもそも、平成5年の頃にお金や強姦などが絡まない2人殺人で、死刑判決が出るだろうか。この頃は今より無期懲役判決が出やすい時代だったはず。

もっとも説明がなかったと思ったのは、八木沼が一度自白して、裁判で無罪を主張した理由は何なんだ? 動機が沢井恵美の犯行を隠すためだったら、無罪を主張する理由が全くわからない。しかも控訴、上告する理由も不明だ。そもそも、死刑判決を望む気持ちが分からない。無期懲役でも十分じゃないか。このあたり、作者は全く説明していないぞ。