- 作者: 深谷忠記
- 出版社/メーカー: 実業之日本社
- 発売日: 2008/07/18
- メディア: ハードカバー
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裁判が進むにつれ、二転三転する事件の様子。新たに登場する証人。そして明らかになった真相とは。
2008年7月、書き下ろし。
冤罪ものなど、社会的なテーマを背景にした力作を書き続ける深谷忠記の新作は、人身売買・売春をテーマにしている。外国人被告における通訳の問題(「道後事件」参照)などよくチェックしているなと思って最後に参考文献を見たら、タイ人売春婦の殺人事件(下館事件及び道後事件)を扱った二冊の本が載っていた。この本を直接読んだことはないが、事件についてはちょっと調べたことがある。事件の全てが同じというわけではもちろんないが、タイから来た3人の売春婦と同国人であるボスとの関係など、両事件と設定が似ているところもある。この辺はどの売春組織も似たようなものなのかも知れないが、実在事件が透けて見えるような設定にする必要もなかったと思うのだが、どうだろうか。
事件の真相につながる複線の張り方や人物配置にはベテランらしさが伺えるが、あからさまなところが多いので、驚愕の真相、みたいなカタルシスは得られない。「困ったときに力を貸してくれる人を呼び寄せる能力が具わっているような気がする」と悠子に評される主人公の特性(?)を生かして、新たな事実が次々と目の前に出てくるところも、偶然の多用という批判を浴びそうだ。
事件そのものを見るととても喜劇とは思えないし、読者から見ても喜劇と思えるものではないだろう。裁判の終わった主要人物が「笑うしかないよね」と自嘲するような姿を見せるところが喜劇とでもいうのだろうか。しかし、悲劇と言いたくなるような登場人物が出てくるわけでもない。そもそも行動・考え方に共感できない、同情できない登場人物がほとんどというのは、狙ってやったことなのだろうか。引きこもりである文彦の友人なども、ただの便利屋・推理屋だけではなくてもう少しよい扱いもできただろうに。
事件の日付を公判前整理手続が導入される以前にするなどの細かい気遣いなどはさすがと思えたが、手持ちの資料とテクニックで長編を構成したという印象しかない。売春問題を扱うのなら、他にもやり方があったと思うし、同一場面における悲劇と喜劇の二面性を持たせようという狙いは買うが、成功したとも思えない。