平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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船戸与一『降臨の群れ』(集英社)

降臨の群れ

降臨の群れ

1999年1月19日、インドネシアのマルク諸島アンボン島のアンボン市で、イスラム教徒とプロテスタントの凄まじい殺しあいが始まった。独立を叫ぶプロテスタント組織、聖戦を叫ぶイスラム過激派組織などが入り乱れ、戦いは激しくなるばかりであった。そしてアメリカによるアフガニスタン空爆は、イスラム教徒をさらなる聖戦へと駆り立てた。

毎日血が流されるアンボンで渦巻く様々な思惑。独立派、過激派、インドネシア国軍、CIA、華僑に兵器商人。名の知れた指導者から、歴史に一行も名前が載らないような一個人まで、自らの主義と理想を持って戦い続ける。大爆発を予感させる中、鍵を握る人物がアンボンに送り込まれてきた。インドネシアでエビの養殖事業に長年携わってきた国際事業協力団のメンバーである、初老の日本人元商社マンだった。

小説すばる」2002年9月号〜2004年1月号掲載に加筆修正を加え、2004年刊行。



新刊で買って今頃読む。もう皮膚のように私の一部になり切っているなじみのせりふである。

綿密な取材を元に、それぞれの立場の人間模様を描き、すべての登場人物が一点に集まったときのカタストロフィを書ききる。船戸は骨太すぎるくらい骨太の、熱い物語を文字にする。それ自体はものすごいことなのだと思う。とはいえ、似たような骨格の作品が出てしまうと、またかと思ってしまうのは、読者の悲しい性かも知れない。

 今回、鍵を握るのは、本来戦争や情報戦、内戦などとは全く無関係であるはずの、初老の日本人である。そこが珍しいといえば珍しいところかも知れない。しかし、そんな彼を主軸の一人に据えてしまったことから、感情移入できる人物がいなくなってしまった。それがこの作品の小さな失敗だったと思う。

 他の作家が書けば、冒険小説の新星現る!と囃し立てられたところだろう。これを書いたのが船戸だったから、なんとなく失望感を味わってしまう。傑作を書き続けてきた作家の悲劇である。