平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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柄刀一『密室キングダム』(光文社)

密室キングダム

密室キングダム

1988年夏、札幌。伝説的な奇術師・吝一郎の復帰公演が事件の発端だった。次々と連続する、華美で妖艶な不可能犯罪! 吝家を襲う殺意に霧は、濃くなるばかり。心臓に持病を抱える、若き推理の天才・南美希風が、悪意に満ちた魔術師の殺人計画に挑む!(帯より引用)

2007年7月刊行、書き下ろし。



“壇上のメフィスト”と称された奇術師。明治時代に建てられた屋敷。“舞台部屋”に飾られた様々な奇術の道具。次々と起きる、五つの密室事件。道具立ては万全ともいえる。これで話が面白ければ文句無し、というところ。

密室が五つも出てくるが、はっきり言ってしまうと「どのようにして密室が作られたのか」という点についてはほとんど興味がない。作られた密室である以上、誰かによって解かれるのは当然のことである。特に機械トリックなら舞台を直に見ることのできない読者は推理する必要性も感じられないので、よほどのトリックが使われない限り、読者が驚くことはない。このあたりは、直に見ることのできるマジックと違うところ。密室は、作者が苦労する割に、得られるものは少ない、難しい題材である。

ここまで密室が並び立てられると、密室そのものを解こうという気持ちは余計失せる結果となる。読者が興味あるのは、「どのようにして」ではなくて、「なぜ」密室が作られたかということである。作者は本作品において、読者の興味に応える十分な回答を用意してくれたと思う。「なぜ」五つも密室が続いたか、という点も含め、密室の理由は十分納得いけるものであり、かつ面白いものであった。

先ほどから「なぜ」の部分だけを書いているが、「誰が」の部分も十分面白いと思う。犯人の隠し方には感心した。確かにヒントは散りばめられている。

920ページもある大作だが、定期的に事件が起きたり、秘密が暴露されたり、そして謎の一部解明があるためか、最後の方を除いてほとんどだれずに書ききっているのもなかなか。ちょっとくどいかなと思える文章もあるが、昔ほど読みづらくはなかったし、何より謎の面白さが文章のリズムの悪さを覆い隠してくれている。

では傑作か、と聞かれると、素直に肯定できないものもある。拍手を送ることができるのだが、拍手喝采とまではいかなかった。これだけページを使えば、これぐらい書けるだろう、という以上のものがなかった。ページ量に比例した面白さはあるものの、相乗効果のあるトリックや物語がなかった。過去の傑作本格ミステリ作品と比較すると、枠を突き破った面白さがなかった。もちろん、現在の本格ミステリの枠は、過去の本格ミステリと比べて広がっており、かつ堅固になっていることをわかっている上での発言である。たった一つでいいから、なにかこれは、というものが欲しかった。

結構意地悪いことも書いたが、本作品が2007年度を代表する本格ミステリ作品であることに、間違いはないだろう。できれば、これを越える作品が出てきてほしいと思っているのも事実だが。



南美希風は『OZの迷宮』などに出てくる探偵役だということは、この作品を読み終わった後に知った。この人物がいつの間にか探偵役を務める流れになっていることは、特に気にならなかったな。