平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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船戸与一『砂のクロニクル』上下(新潮文庫)

砂のクロニクル〈上〉 (新潮文庫)

砂のクロニクル〈上〉 (新潮文庫)

砂のクロニクル〈下〉 (新潮文庫)

砂のクロニクル〈下〉 (新潮文庫)

民族の悲願、独立国家の樹立を求めて暗躍する中東の少数民族クルド。かつて共和国が成立した聖地マハバードに集結して武装蜂起を企む彼らだったが、直面する問題は武器の決定的な欠乏だった。クルドがその命運を託したのは謎の日本人“ハジ”。武器の密輸を生業とする男だ。“ハジ”は2万梃のカラシニコフAKMをホメイニ体制下のイランに無事運び込むことができるのか?(上巻)

機は熟した。運命の糸に操られるかのようにマハバードには様々な人間が集まっていた。革命防衛隊副部長のガマル・ウラディ。隊員のサマル・セイフ、クルド・ゲリラのハッサン・ヘルムート、過去を抱えた女シーリーン、そして二人の“ハジ”も。それぞれの思惑が絡み合い、マハバードが今、燃え上がる――冒険小説の第一人者が渾身の力を込めて書く壮大な叙事詩山本周五郎賞受賞作。(下巻)(粗筋紹介より引用)

サンデー毎日」'89/6/10〜'91/1/13号掲載稿に加筆修正を行って1991年11月に毎日新聞社より刊行。山本周五郎賞日本冒険小説協会大賞受賞。



船戸与一は歴史の表舞台には絶対出てこない、時代の一断面をするどく切り開く事の出きる作家である。本書が舞台となっているのはクルド民族の聖地、マハバード。今も迷える民族であるクルド民族の悲劇と、ホメイニ体制下のイランを舞台に、様々な人物が運命の糸に操られて集結する。民族同士、宗派同士の対立、それに絡む政治的な思惑。共鳴と裏切り。誇りと腐敗。色々な要素と人物を船戸は自在に操り、各地で繰り広げられた想いが一点に集結するカタストロフィ。個々の想いなど、国家と時代の思惑に全て流されてしまい、跡形もなく散っていく。

この物語は、世界各地で起こっている様々な悲劇の、たった一つの断片でしかない。しかし、その断片にかかわる人たちの想いは本物である。そしてそんな想いを描ききることのできる作家、それが船戸与一なのである。

読者は、その悲劇と、壮大な物語に圧倒されていれば、それでよい。