一攫千金を夢見て忍び込んだ砂漠の街にある高レートカジノで、見事大金を得たジョージ。誰にも見咎められずにカジノを抜け出し、盗んだバイクで逃げ出す。途中、バイクの調子が悪くなり、調整するために寄った小屋で休むが、翌朝外へ出ると、カジノがあった砂漠の街は一夜のうちに跡形もなく消えていた――第76回日本推理作家協会賞短編部門の候補に選ばれた表題作を始め、奇跡の如き消失劇を5編収録。稀代のトリックメーカー・北山猛邦の新たな代表作となる、傑作推理短編集。(粗筋紹介より引用)
『ミステリーズextra』『紙魚の手帖』2004、2022、2023、2024年掲載作品に書き下ろし1編を加え、2025年9月刊行。
1941年、ナチスがレニングラードに砲撃を開始。ナチスが盗み出そうとした宝石装飾のなされた部屋『硝子の間』があるシチェルバク邸が、一晩で影も形もなくなった。「一九四一年のモービル」。
1955年、ラスベガスから出る秘密のバスが向かった先は、外国人の客が多い謎の一流カジノだった。バスに隠れて乗り込んだジョージはブラックジャックで大金を稼いでバイクで逃走するも、そのバイクが故障。近くの空いた小屋で夜を過ごしたジョージが翌朝に目を覚ますと、カジノのあった街が丸ごとなくなっていた。「神の光」。
長年音信不通だった友人で作家の藤堂に頼まれ、久しぶりに故郷へ帰った非常勤英語教師の私。藤堂が私に見せたのは、アメリカで入手したというエドガー・アラン・ポーの直筆未発表原稿であった。ところがその短編ミステリは未完成であり、藤堂は結末を書けという呪いのような声が聞こえてくるようになった。「未完成月光 Unfinished moonshine」
2055年、カスピ海の西に位置するカザリア共和国で内戦が勃発。国境に最近建てられた前哨基地を反政府組織が攻めようとしたその時、丘の上に見えていた車輌や基地がふっと消えた。その秘密を知っている日本人少女を英国秘密情報部は一時保護の名目で捕えようと部屋を取り囲むも、その少女は部屋から姿を消してしまった。「藤色の鶴」。
地方新聞社の女性がよく見る夢の内容をSNSに投稿したところ、T大学准教授の男から詳しく聞かせてほしいというリプライが来た。白い大きな館が灰色の霧に包まれて魔法のように消えてしまう夢。男も同じ夢を見るようで、しかもその夢の中に出てくる館の写真を送ってきた。「シンクロニシティ・セレナーデ」。
いずれも建物や街が消えるという本格ミステリ5編を収録した短編集。消失トリックを考案するだけでも結構難易度が高いと思うが、それを短編集1冊に丸々収めてしまうというのはかなり難易度が高い。消失トリックにそれほどバリエーションがあるわけでもないし、はっきり言ってしまえば似たようなものばかりが並んで飽きてしまうリスクが非常に高い。そのハードルを作者は超えてきた。大したものである。それぞれの短編にバリエーションを加えてくれるのは、とても嬉しい。
特に評価したいのは、ただトリックを展示するだけにならず、物語とトリックを連携させているところ。トリックを生かすためには舞台を用意するだけでなく、ストーリーとして納得させるだけの登場人物と背景を準備しなけばならない。そのハードルを超えたところは評価したい。
とはいえ、流石に強引すぎる手に出ているところがあるのも事実。SFと伝奇要素を加味して誤魔化した「藤色の鶴」や、幻想小説の味を加味してトリックを無理やり成立させようとした「シンクロニシティ・セレナーデ」は、トリック解明の部分で興醒めしてしまった。ストーリーがまだ読めるところは救われているが。
それとは逆に、最初の三編はよくできている。特に「神の光」は傑作である。消失トリックとストーリーをこれだけ密接に絡めた手腕には唸ってしまった。
出来に若干の差はあれど、これだけのレベルの作品を5つ並べてくれたところは評価したい。作者の新たな代表作という担当編集者の言葉に嘘はない。
