「俺、昔、喋る狼に会ったことがあるんだよ」カナダの広大な温帯雨林にやって来た三人の日本人大学生。狼の生態に関するフィールドワークのかたわら、ひとりが不思議なことを言い出して――(表題作)。 大人になる前の特別な時間を鮮やかに切り出した、四つの中編を収録。『叫びと祈り』『リバーサイド・チルドレン』の著者が贈る、ミステリ仕立てのエモーショナルな青春小説。(粗筋紹介より引用)
『放課後探偵団』(2010年11月)に掲載された「スプリング・ハズ・カム」、『ミステリーズ』vol.54(2012年8月)に掲載された「美しい雪の物語」(大幅な加筆修正)に書下ろし2編を加え、2025年10月刊行。
父親の仕事の都合でボストンから叔父の住むハワイ島にやって来た少女は、祖父の書斎で古い日記を見つけた。そこに書かれていたのは男女の出会いと別れ、そして再会の約束だった。二人は再会し、常夏の街に降る雪こと一面に咲いたコナ・コーヒーの花、コナ・スノーを見ることができたのだろうか。「美しい雪の物語」。
冬休み初日の明け方、深山高校一年一組の小原智弘が、高校の屋上から湯に足を滑らせ転落死した。隣の席に座り、時々映画のDVDを借りていた佐々は、通夜で智弘の姉からデジカメに残っていたという不思議な写真を渡される。雪野原に残されたのは、一本の傘。傘の下には雪が積もっていない。そして他にあるのは、傘までの足跡だけ。傘の持ち主はどこに消えたのか。「重力と飛翔」。
カナダ西部の太平洋岸に広がる世界最大の温帯雨林、グレート・ベア・レインフォレスト。留学したブリティッシュコロンビア大学で動物生態学を専攻する相羽は、狼の生態を調べるフィールドワークに従事していた。日本の大学農学部の同級生で友人だった穂村と柴田は、九月の夏休みを利用し、カナダまで押し掛けた。そこで穂村は、「僕、昔、喋る狼に会ったことがあるんだよ」と話し出した。「狼少年ABC」。
高校卒業から15年目の同窓会に参加するため、東京から札幌までやって来た鳩村。掘り起こされたタイムカプセルから出てきたのは、15年前の卒業式であった放送室ジャック事件の犯行声明だった。密室状態の放送室から消えた犯人は、当時の放送部員だった男女4人、鳩村、志賀、石橋、支倉の中の誰かか、それとも別人か。鳩村たちが謎解きに挑む。「スプリング・ハズ・カム」。
2013年の『リバーサイド・チルドレン』以来12年ぶりとなる梓崎優の第三作目は、それぞれ春夏秋冬をモチーフにした物語4編を収録。いずれも謎解きをスパイスとした青春小説である。
どれもが青春時代の煌めきとほろ苦さを浮かび上がらせるものであり、それでいてラストは優しさと心震える感動を与えてくれる。大人に成りきる一歩手前だからの感情と行動。
正直言って本格ミステリの謎、という一点だけを取り出すとそれほど難しいものではない。「重力と飛翔」の写真のトリック、「狼少年ABC」の狼の正体はすぐにわかってしまうだろう。だが、それぞれの作品の素晴らしいところは、それぞれの登場人物の瑞々しい感情が美しいこと。読了後に与える印象は作品によって異なるが、心を揺さぶる感動を与えてくれるという点についてはいずれも素晴らしい。謎の提供と解決が、そのまま登場人物の感情に直結する物語の構成力が最高だ。
いずれの作品も面白いが、どれか一つを選ぶとなると、やはり「スプリング・ハズ・カム」である。密室脱出トリックを巡る意外性もよいし、単語や会話の使い方もうまい。同窓会という舞台ならではの時の流れと想いが奏でるラストは、胸が締め付けられる余韻を残す。
できれば四作目は、もう少し早く出してくれないかな。
