平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

馬伯庸『風起隴西 三国密偵伝』(ハヤカワ・ミステリ)

 三国時代の中国。魏・呉・蜀の三国統一の戦いは苛烈を極め、蜀の諸葛亮(しょかつりょう)による魏への北伐が続くなか、蜀軍は連弩を使い魏の将軍・王双(おうそう)の軍隊を壊滅することに成功する。やがて蜀の間諜で、情報を盗むために魏へ潜入していた陳恭(ちんきょう)は、偶然にも蜀へ潜入した魏の間諜の存在を知る。王双の部隊を壊滅させた連弩の機密を盗むために送り込まれたのか? 一方、陳恭から連絡を受けた蜀の間諜対策を行う荀詡(じゅんく)は、機密を守るために戦うことになるが……。正史に語られない英雄の物語と、三国志の裏側を描く緊迫のスパイ小説。(粗筋紹介より引用)
 2006年、発表。2017年、著者自身によって書き直された「新版」が刊行。2025年9月、邦訳刊行。

 馬伯庸の出世作、とのこと。舞台は三国時代(220~280年)、230年ごろ。既に曹操孫権劉備も亡くなっており、趙雲も登場しない。諸葛亮による北伐行の頃である。
 主人公は、靖安司(反謀工作機関)従事の荀詡(じゅんく)。魏に潜入した蜀の間諜、陳恭(ちんきょう)から、連弩の機密を盗むために魏の間諜が潜入したことを知らされ、正体を追いかける。さらに、蜀の高官の中に、魏の間諜燭龍(しょくりょう)がいることを知るが、その正体を掴むことができない。
 三国時代を舞台にしたスパイ小説。もっとも中国では、間諜は表立ってではないものの厚遇されている存在である。表舞台からは身を潜めながらも己の知恵と情報網を駆使して自国に有利な情報を探り出す姿は、007シリーズに見られるアクションスパイ小説ではなく、冷戦下の英国スパイ小説を思い出させる。
 作者は、僕が作品の父母なら、父方の祖父はクリスチャン・ジャック、祖母はフレデリック・フォーサイス、母方の祖父は羅漢中陳寿、祖母はダン・ブラウンだと語っている。確かに本作品はフォーサイスの色が濃い。舞台と登場人物をヨーロッパに代えたら、そのまま冷戦スパイ小説になるではないか、という指摘について仰る通りと作者自身があとがきで話しているのだから、ある意味開き直っている。
 なお本作に出てくる登場人物の多くは当然だが、さらに靖安司、司聞曹(諜報機関)、司聞司(対外交策機関)、軍謀司(情報分析機関)などの名称や、魏蜀の行政手続きなどは全て作者の創作とのこと。おいおい、そこまで創るのかい、と突っ込みたくなった。
 歴史の裏側にある一幕を、エンタテイメントとして鮮やかに炙り出した作品。三国時代を知らない人でも楽しめるし、知っている人ならより面白く読むことができるだろう。