夫は転勤直後から急に冷たくなった。暴言に耐えながら息子を育てていた佐藤量子であったが、ある日夫に暴力を振るわれ、思わず殺してしまった。息子が小学校から帰ってくる前に、夫の死体をどうにかしなければならないが、呆然とするばかり。そこへ二週間前に偶然再会した、元大学の後輩である桂
破魔矢と絵馬が量子と会う2年半前、二人は伊藤歌子に取り憑いているジャバウォックを引き剥がすのに成功した。ジャバウォックとは、元々は鏡の国のアリスに出てくる怪物の名前。ここでは寄生虫のトキソプラズマと同じように、人間に取り憑く謎の寄生虫として便宜上名付けられている。ジャバウォックに取り憑かれると恐怖心や不安感を鈍らせるようになり、警戒心を無くして危険な行動を取らせるようになる。その結果、全力で暴力を振るうようになる。歌子の父、伊藤北斎は20年以上前の人気歌手だったが、失言で世間から非難され、そのまま芸能界を引退し、歌わなくなくなっていた。
2025年10月、書き下ろし刊行。
物語は佐藤量子が破魔矢、詩織とともに逃走中の桂を追いかけるストーリーと、還暦をすぎた北斎があるきっかけから再び人気歌手となって復活する姿をマネージャーである斗真の視点から語られるストーリーが並行して進んでいく。
伊坂がインタビューで、自分は世間からミステリー作家と思われていないようなので、ちゃんとミステリーとわかる形をしたものを書こう、として書いた作品と語っている。最も、わかりやすいミステリーの形は書けなかった、というオチも語っているが。
夫殺しから始まり、ホラー要素の濃いサスペンスと搜索ものをからめた量子のパートと、隠棲していた元人気歌手がSNS上でバズって復活していくのをサポートする斗真のパートが交互に語られる。ともにジャバウォック、そして破魔矢と絵馬という登場人物が重なりつつも、全く違う話が並行して書かれているので、これは作者が読者「だけ」にサプライズを見せる作品なんだろうなあ、今更なあと思っていたのだが、さすが伊坂、そんな単純な仕掛けを見せるはずがなかった。二つのストーリが重なった時、思わず膝を叩いてしまった。
二つのパートが別々に面白く、そして二つのストーリーが一つになった時、その面白さが倍増どころか三倍増しぐらいに面白くなる。そこで今まで貼られていた伏線の存在に気がつく。伏線を隅々まで張り巡らし、エンディングまで計算し尽くされた伊坂ワールドが存分に味わえる。25周年にふさわしい、完成度の高さである。
ただ、いつもの伊坂ワールド以上の「何か」がなかったのも事実。もちろん平均点が非常に高いので、「いつも」というだけで十分に面白いのも事実なのだが。贅沢な要求だが、いつもと違うサプライズが欲しかった。読者の我儘なお願いである。
