平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

阿津川辰海『最後のあいさつ』(光文社)

 1995年3月20日、世田谷区に住む元女優の雪宗葵が殺された。通報したのは夫であり、国民的刑事ドラマ『左右田警部補』の主人公を演じる俳優・雪宗衛。駆け付けた警察官に衛は、「私が殺した」と告白した。午後9時に帰宅したが、葵と口論になり、揉み合っているうちに殺害してしまった。死体を無くそうと首をナイフで切断したものの、諦めて通報したものだった。しかも『左右田警部補』のW主演を務める俳優・吉上院崇と雪宗葵の不倫疑惑を追及しようと、週刊誌『芸能ポスト』の記者・井川毅は午後8時半から雪宗家を見張っており、事件が発覚するまで衛以外に誰も通らなかったと警察官に証言した。
 衛は殺人罪で起訴。ファイナルシーズン『左右田警部補7』の最終回である「最後のあいさつ」は、放送直前にお蔵入りとなった。衛は殺人罪で起訴されるも、人権派の矢田部弁護士の力により、異例ではあるが保釈された。その日の緊急記者会見、衛は自らが無実であり、推理の結果、世間を騒がしている連続殺人鬼「流星4号」が犯人であると主張した。裁判で衛は無罪となったが、疑惑は晴れず俳優としての仕事はないままであった。
 30年後、ドキュメントノベル『罪の足跡』で日本ミステリー作家協会賞を受賞した風見創は、同作品で協力してくれた幼馴染の記者・小田島一成から雪宗衛の事件を扱ってはどうかと資料を渡された。しかも6日前、すでに死刑執行された「流星4号」を名乗る者による殺人事件が起きていた。風見は小田島の協力で取材を進め、雪宗の真実に迫っていく。
 『ジャーロ100』(2025年5月発売)掲載。加筆・修正のうえ、2025年8月刊行。

 阿津川辰海の新作は、ドキュメントノベル風本格ミステリ。表紙が『相棒』らしきテレビ映像のイラストだし、『左右田警部補』のW主演も『相棒』みたいだなと思っていたら、参考文献に『相棒』関連本が並んでいたのにはちょっと笑ってしまった。
 風見が真相を追う現代パートと、雪宗を主人公とする過去パートの章が交互に語られる。鮮烈な舞台設定と予測不能な展開が連続し、読者はページをめくる手を止めることができない。過去の作品と比べても、読者に違和感なく読ませる技術が非常に伸びている。読者からの指摘を受けないよう、色々調べているところにも共感が持てる。特に殺人事件で起訴された人物が保釈されるという通常ならあり得ない事態にも、2019年に実刑判決後の保釈事例まで調べていることには感心した(ちなみに1974年にも、殺人罪による一審判決後、控訴中に保釈された事例がある)。
 ただ、現代パートが進むうちに展開がチープになっていくのは非常に残念だ。特に最後の事件の密室トリックは、実際に『相棒』で出てきたトリックのオマージュなのだろうか。一度も見ていないからわからないけれど。それはともかく、「幽霊の正体見たり枯れ尾花」的な終わり方はどうなんだろう。言っちゃ悪いが、読者が最初に想像するであろう結末だ。確かに事件の辻褄をすべて合わせようとするならば、この結末しかないだろう。しかし、もっともがっかりする結末でもある。
 阿津川辰海の読書日記を読むと、本当に様々なジャンルの作品を読んでいることがわかる。だからこそ、本作のような作品も書けるのであろう。ただその器用さと、本格ミステリとして矛盾なく終わらせようとする使命感が最後になって悪い方向に働いてしまい、ドキュメントノベルと本格ミステリを中途半端に混ぜ合わせて終わってしまったのは勿体ない。もっと意外な結末が欲しかった。