一杯二千円もするコーヒーを週に三度注文しては、飲み残していく客「朝からブルマンの男」、途中下車して遅刻しそうだった友人が、先に行った自分となぜか同時に高校入試の会場に到着した「受験の朝のドッペルゲンガー」、単身赴任中の父親が帰宅する金曜日の夕食だけ味が落ちるという、郷土料理研究会の会員宅のご飯の秘密「ウミガメのごはん」など、桜戸大学ミステリ研究会の二人組が出合った謎を描く全五編を収録。謎の魅力、推理する楽しみを詰めこんだデビュー短編集。(粗筋紹介より引用)
2023年、「朝からブルマンの男」で第1回創元ミステリ短編賞を受賞。書下ろし4編を加え、2025年6月、単行本刊行。
世田谷の商店街にあるコーヒー豆問屋を兼ねた喫茶店〈喫茶まほろば〉。痩身の真面目そうな青年は必ず火、水、木の開店と同時に入ってきて、一杯二千円のブルマンを一つ注文する。なぜか嫌そうな顔をして飲み、しかも半分くらいは残してしまう。〈喫茶まほろば〉でアルバイトをしていた
大学の学生寮「進英館」の一〇二号室に幽霊が出るという噂が。しかし一〇二号室は空き部屋、鍵がかかって入ることができない。その老朽化した学生寮には売却話があったが、住人たちの反対運動で取りやめになっていた。葉山緑里への学校からの依頼書を見つけた冬木志亜は、緑里と一緒に進英館へ向かう。「学生寮の幽霊」。
郷土料理研究会の馬井春香の誘いで、小笠原料理のウミガメづくしをごちそうになった緑里と志亜。その代わりに相談された謎解きは、単身赴任の父親が帰ってくる金曜日、母親が作るご飯が他の日の味と違い、もちょもちょする。米はもちろん、水も調理器具の土鍋もいつもと変わらない。「ウミガメのごはん」。
熱海への小旅行の帰り、予想より早い台風のせいで緑里と志亜は徐行と停止を繰り返す電車の中に閉じ込められていた。鉄道ミステリの話で盛り上がっていたら、前の席に座っていた青年が不思議な話があると声をかけてきた。七年前の高校受験の朝、試験会場に向かう山手線の駅で、彼は親友のドッペルゲンガーを見たという。「受験の朝のドッペルゲンガー」。
鉱物研究会で「蛍光性を持つ鉱物」の実験中、いきなりライトが消えて岩木達也が殴られ、さらにテーブルに置いていたガラスケースが割れ、中にあった白石美輝のダイヤが盗まれた。サークル室に居たのは他に金原すず、小貝裕、倉場翔貴の三人。この五人は全員二年生で、付属の中高一貫校の生徒会のメンバーだった。ダイヤを盗んだのはいったいだれか。そしてなぜ。「きみはリービッヒ」。
桜戸大学ミステリ研の葉山緑里と冬木志亜が事件に挑む連作短編集。二人しかいない研究会のサークル室は、広井キャンパスの片隅にあるサークル棟の、物置しかない最上階のどん詰まりにある。それなのにソファや絨毯など、妙に高価な調度品が整えられている。
受賞作「朝からブルマンの男」、これが面白かった。典型的な「赤毛組合」パターンの作品だが、やはり一杯二千円もするブルマンを決まった日に飲むという謎が素晴らしい。謎解きも鮮やかだし、冷静な探偵役と猪突猛進なワトソン役の二人の会話と行動も楽しい。それに感心したのは、スポーツジムの会員のクレジットカード不正利用の謎を絡めたところ。これは実話なのかもしれないが、さらっと小さな謎を挟み込むセンスがいい。
ところが二話目からは、この魅力的な謎がなくなってしまい、がっかりしてしまった。そりゃ魅力的な謎をそうポンポンと生み出せるとは思っていないけれど、それでももう少し面白みのある謎と解決を用意してほしかった。こういう場合は主人公二人のやり取りで物語を面白くするしかないのだが、話が進むにつれ、ワトソン役の志亜の暴走ぶりが鼻につく。ここら辺は設定ミスだと思う。
一作目が非常によかっただけに、何か勿体ない短編集。とはいえこの二人を主人公にしたシリーズはまだまだ続けられそう。いっそのこと、長編を書いてみませんか。
