平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

スチュアート・タートン『イヴリン嬢は七回殺される』(文春文庫)

 森の中に建つ屋敷〈ブラックヒース館〉。そこにはハードカースル家に招かれた多くの客が滞在し、夜に行われる仮面舞踏会まで社交に興じていた。そんな館に、わたしはすべての記憶を失ってたどりついた。自分が誰なのか、なぜここにいるのかもわからなかった。だが、ひょんなことから意識を失ったわたしは、めざめると時間が同じ日の朝に巻き戻っており、自分の意識が別の人間に宿っていることに気づいた。とまどうわたしに、禍々しい仮面をかぶった人物がささやく――今夜、令嬢イヴリンが殺される。その謎を解き、事件を解決しないかぎり、おまえはこの日を延々とくりかえすことになる。タイムループから逃れるには真犯人を見つけるしかないと……。不穏な空気の漂う屋敷を泳ぎまわり、客や使用人の人格を転々としながら、わたしは謎を追う。だが、人格転移をくりかえしながら真犯人を追う人物が、わたしのほかにもいるという――(粗筋紹介より引用)
 2019年8月、文藝春秋より単行本刊行。2022年7月、文庫化。

 英国作家、スチュアート・タートンのデビュー作。これが何ともへんてこな話。西澤保彦の『人格転移の殺人』と『七回死んだ男』を組み合わせ、英国流にアレンジしたような一冊だ。
 イブリン嬢の婚約パーティーの夜、仮面舞踏会で彼女が殺害される。記憶を失っている「わたし」は、謎の男から告げられる――事件を推理し、犯人を捕まえなければ、同じ日を延々と繰り返すことになる。そしてそこから逃れるには、真犯人を突き止めるしかない。「わたし」は意識を失うと、また同じ日の朝へ戻るのだが、なぜか別の人物に人格が移ってしまう。問題は、転移した人物の性格や記憶、さらには能力に引きずられてしまうことだ。様々な視点から事件を検証しながら真相に迫ろうとするが、人格転移しているのは主人公だけではなかった。
 なんとも複雑な構造の物語である。人格転移という要素だけでも筋を織り込むのが難しいのに、主人公自身がそのルールを知らずに物語が進行する(当然、読者も同様だ)。そのため、前半は非常に読みにくく、世界観とルールを完全に理解できる中盤以降になってようやく面白くなってくる。それまでは我慢して読む必要があるだろう。しかし後半になるにつれ、犯人に迫る緊張感とサスペンスが加速し、物語の魅力が一気に開花する。
 この作品は、一度読んだだけではすべての伏線や仕掛けを把握しきれない。そのため、再読することでより深く楽しめる構造になっている。ただ、そこまでの気力が必要なのも事実だ。その点で言えば、私は本作の真の面白さにまだ完全に到達できていないのかもしれない。新本格ミステリの愛好家ならば、狂喜乱舞するような作品だろう。しかし、それでもエンターテインメントとしての魅力をしっかり押さえている点は見事だ。
 英国ミステリ作家は時折ひねくれた作風を見せることがあるが、本作はその中でも際立っている。この作家の頭の中は、一体どうなっているのだろうか。ということで、購入済みの次作に取り掛かる予定。