平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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高木彬光『妖婦の宿 名探偵・神津恭介傑作選』(光文社文庫 探偵くらぶ)

 本格推理小説の巨人・高木彬光が生み出した、日本三大名探偵の一人に数えられる神津恭介の傑作選。探偵作家クラブで実際に「犯人当て」として出題された、日本の短編ミステリーのベスト10には必ず名前が挙がる密室殺人の傑作「妖婦の宿」を筆頭に、不滅の名探偵が快刀乱麻を断つ十編を収録。クラシックな本格ミステリーに瞠目せよ!(粗筋紹介より引用)
 2025年6月、刊行。

 青森の旧家で当主の双子の弟が、幽霊が出るという噂のある離れで絞殺された。離れの周りは、被害者の足跡しかなかった。「白雪姫」。
 「もうすぐ月へ帰る」という美人令嬢が満月の夜、松下が一瞬目を離したすきにホテルから姿を消してしまった。本当に月へ帰ってしまったのか。「月世界の女」。
 影なき女の予告通り、まったく同じ状況で連続密室殺人事件が発生する。悪徳高利貸し、その秘書、著名な探偵。被害者全員に接点がある人物はいなかった。「影なき女」。
 失踪した草鹿雄輔が直前まで書いていた日記には、自分だけに見えて他の人には見えない鼠の恐怖が書き綴られていた。友人である松下は、神津に相談する。「鼠の贄」。
 若い会社員の青山正春が4か月前、妻を殺害した罪で起訴された。田村弁護士に無罪を訴えるも、正春は夫婦げんかで家を飛び出して、見知らぬ女のところで酒を飲み、夜中に帰ったら妻が死んでいた言うばかり。困った田村は神津を引っ張り出す。「罪なき罪人」。
 東洋新聞社会部記者の真鍋雄吉は、殺人事件があったという電話を受け取り、実際に死体を発見する。数日後、犯人を見たという女性の証言を記事にしたまではよかったが、それは数日前、東洋新聞の人生相談に投稿した嘘つき娘であった。「嘘つき娘」。
 1954年3月1日の太平洋ビキニ環礁で行われた水爆実験で放射能を帯びた魚類が各地にばら撒かれたかもしれない、と日本が恐怖に陥っていた3月中旬。東大病院の成瀬博士の前に現れた未亡人の木村陽子は、明らかに原子病(放射線障害)にかかっていた。たまたま同席した神津は、この患者から犯罪の匂いを感じ取る。「原子病患者」。
 飲み過ぎて歩いていた途中に立ち寄った古道具屋で村上清彦が手に入れたのは、一尺五寸の老人の木像であった。それは本当に邪教の神チュールーの神像なのか。村上は惨殺され、死ぬ直前にチュールーと口から漏らした。しかも木像が村上家の倉庫から消えていた。「邪教の神」。
 神津と早川博士が出演したラジオ番組の司会役である怪奇作家の水町幻一は、神津が嫌いだという蛇の環の腕輪をした女が神経衰弱にかかっている話を神津にした。それから二週間後、その腕輪をした女が代々木の温泉旅館で毒殺された。。
 新興財閥の愛人である妖婦、八雲真利子が伊豆のホテルへやってきた。財閥当主だけでなく、二枚目俳優と美男子流行歌手という鳥巻きを連れて。ホテルへ送られてきたトランクの中には、胸にナイフの刺さった真利子そっくりの蝋人形が届けられた。ホテル支配人は、別名で泊まっていた神津恭介に事件の謎解きを依頼する。しかし真利子は蝋人形と同じようにナイフで刺されて殺された。鍵がかかり、監視下にあったはずの自室で。「妖婦の宿」。
 高木彬光が生まれてから探偵作家になるまでのエッセイ「探偵作家になるまで」。

 日下三蔵編による探偵くらぶシリーズ第二期全四冊の一冊目。第二期は戦後作家によるシリーズ・キャラクターの傑作選、もしくは全作品集になるとのこと。
 明智小五郎金田一耕助と並ぶ日本三大名探偵の一人である神津恭介は、解説によると21作の長編と、48作の短編に登場している。デビューはもちろん、『刺青殺人事件』である。本短編集は1949~1956年に発表された10編がまとめられた。
 日本短編ミステリベストに選ばれるであろう傑作「妖婦の宿」はもちろんのこと、消失トリックが秀逸な「月世界の女」、連続殺人事件のトリックに目を見張るものがある「影なき女」、雪の密室に挑んだ「白雪姫」といった神津ものの本格ミステリ短編は読みごたえあり。「原子病患者」は当時だったからこそ書くことができた作品。本格ミステリが時代と無縁ではないといういい好例であるし、「鼠の贄」は作者が意図しないまま本格ミステリとホラーの融合に成功してしまった傑作である。
 一方、通俗作品と言っていい「罪なき罪人」「嘘つき娘」「蛇の環」「邪教の神」が入っているのは、神津作品を色々な角度から語らせるためだろうか。
 改めて傑作が多いなと思わせる短編集。今からでもぜひ目に通してほしい。
 2013年にまとめられた神津恭介傑作セレクションが絶版になったところで、本短編集ですか。どうせだったらもっと出してほしいところ。それにしても「わが一高時代の犯罪」「輓歌」をセットで復刊してくれないかな……と思ってよく見てみたら、高木作品の有名どころは電子出版で出ているのね。それだったら、『帝国の死角』とか出してくれないかな。