1934年、中華民国。女性私立探偵・
2023年、中国で刊行。2024年8月、邦訳刊行。
陸秋槎(りく・しゅうさ/ルー・チウチャー)の『元年春之祭』が面白かったので、新刊を手に取ってみることにした。本作は、ロス・マクドナルド『ギャルトン事件』にインスピレーションを受けて書いたと作者はあとがきで述べている。劉雅弦という名前もリュウ・アーチャーから来ているが、P・D・ジェイムズ、スー・グラフトン、サラ・パレツキー、若竹七海の影響を強く受け、さらに北村薫「ベッキーさん」シリーズも参考にしたとのことである。時代設定が中華民国であるのは、中華人民共和国には私立探偵という存在が禁止されているからとのことである。
舞台が1934年の中華民国。主人公は女性私立探偵、主要登場人物の多くも女性。まさか中国でこんな設定のハードボイルドが成立するのか大いに疑問だったが、まだ中華人民共和国になる前だからギリギリ可能だったか。舞台となった「省城」はほぼ架空の場所ということ。それにしても、作品を成立させるために色々と苦労しているのはあとがきから伺えるのだが、作品そのものにその痕が見えないことには感心した。
調査対象者や依頼人の家族の問題に立ち入っていく展開は、いかにもロスマク風。中国という舞台ならではの文化(漢詩を持ち出すところはさすが)や社会、特に中国で共産主義が台頭していく時代性を切り取りながら、ミステリに仕立てていく展開はお見事と言っていい。
ちょっと残念なのは、劉雅弦の調査がトントン拍子過ぎるところ。「同業者と比べると数少ない優位」が結構あるじゃないか、と言いたくなる。葛令儀らが通っている聖徳蘭女学校への出入りが自由なこと、連れ込み宿の経営者である馮姨と知り合いなこと、新聞記者であるキャロル・ホワイトとニューヨーク時代から知り合いであること。ここまで都合のいいところに知り合いが配置されていて、ドンピシャな情報が入手できるというのは、調査の苦労が少なく面白みに欠ける。しかも序中盤のテンポに比べ、終盤の展開がもたついているのはどうにかならなかっただろうか。せっかくのドンデン返しが生かし切れていない。力作なのに、惜しい。
離婚歴、ニューヨーク在住経験といったキャリアを持つ劉雅弦が主人公なのに、過去があまり語られなかったというのは、この女性探偵を使った続編を考えているのだろうか。本作はキャラクターをできるかぎり控え、ハードボイルドに徹した読み応えのある作品に仕上がっているが、ロスマク風ではない彼女の活躍及んでみたいところだ。女性私立探偵が中国の激動に巻き込まれるというミステリも読んでみたいものである。