平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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多岐川恭『人でなしの遍歴』(創元推理文庫)

《人でなしの遍歴》ひと月ほどの間に三度殺されかかった篠原喬一郎は、殺すならうまくやってくれと希う反面わけもわからぬまま殺されることにはやはり抵抗を覚え、自分に恨みを持つ人間の中から候補者を選び、訪ね歩く遍歴の幕切れは?
《静かな教授》恩師の娘と幸福な結婚をしたはずの相良教授だが、夫婦の間に生じた溝は深まるばかり、世間体を繕いながらもうそ寒い日々を送っていた。孤高の学究生活をかき乱す虚栄の妻を殺すべく「可能性の犯罪」に着手した教授は、試行錯誤を経てついに宿願を叶えるが……。(粗筋紹介より引用)
 『人でなしの遍歴』は1961年9月、東都書房の書き下ろしミステリ叢書シリーズ「東都ミステリー」より書下ろし刊行。『静かな教授』は1960年5月、河出書房新社より書下ろし刊行。本書は2001年4月、刊行。

 『静かな教授』は作者の初期の代表作といわれる倒叙もの。「可能性の犯罪」(プロバビリティの犯罪)で妻・克子を殺害する大学教授・相良浩輔。一時は克子に思慕を抱いていた助手・朽葉協治が疑われるも、事故として処理される。しかし酒見警部補は、殺人事件ではないかと疑い続ける。一方、朽葉のガールフレンド・生田宵子は教授が犯人であると疑い、調査を続ける。
 殺人の部分はわずか20ページ足らず。倒叙ものなら、なぜ殺人に手を染めることにしたのか、どうやって殺すのかを詳細に語りそうなところだが、そこをすっ飛ばし、朽葉・宵子のコンビによる調査で少しずつ背景を浮かび上がらせるのがうまい。そして調査によって徐々に明らかになっていく夫婦関係、人間関係の深淵が背筋を震わせる。
 特にこの作品の最後がいい。まさに“悲劇”は繰り返されるのである。
 解説にもある通り、推理の飛躍が見られるのは残念だし、教授の心情についてもう少し描き込みがあってもよかったと思う。それでも、この作品が作者の初期の代表作といわれるのに納得がいく面白さであった。
 『人でなしの遍歴』は、三度殺されかかった出版社社長の篠原喬一郎が、誰に殺そうとしているのかを見つけるため、自分に恨みを持つ人物を探し出して訪ねていく展開。解説ではちょっとひねった倒叙ものとカテゴライズしているが、実際は悪人側からの犯人捜しである。
 タイトルに「人でなし」とある通り、主人公の篠原が本当にひどい人物である。友人を陥れ、信頼してきた人物を裏切り、女を平気で棄てる悪行を繰り返して今の地位を築いているのである。殺されたって当然と言えるような人物だ。それでもあたふたする今の姿がどこか滑稽で、その対比が楽しめる。
 ただ、この終わり方はどうなんだろう、という感が無きにしも非ず。変形の犯人捜しに見せかけ、実は悪人の懺悔行だったというのはちょいと肩透かし。ただこの「奇妙な味」が多岐川恭の真骨頂だろう。  異色作ともいえる二冊のカップリング。多岐川恭の幅の広さを教えてくれる一冊であった。