かつて、名探偵の時代があった。ひとたび難事件が発生すれば、どこからともなく現れて、警察やマスコミの影響を受けることなく、論理的に謎を解いて去っていく正義の人、名探偵。そんな彼らは脚光を浴び、黄金時代を築き上げるに至ったが、平成中期以降は急速に忘れられていった。
……それから20年あまりの時が過ぎ、令和の世になった今、YouTubeの人気チャンネルで突如、名探偵の弾劾が開始された。その槍玉に挙げられたのは、名探偵四天王の一人、五狐焚風だ。「名探偵に人生を奪われた。私は五狐焚風を絶対に許さない」と語る謎の告発者はとは? 名探偵の助手だった鳴宮夕暮——わたしは、かつての名探偵——風とともに、過去の推理を検証する旅に出る。(粗筋紹介より引用)
『紙魚の手帖』No.10,11,13,14,15(2023年4月~2024年2月)掲載。2024年8月、単行本刊行。
30年前、20歳の夕暮が地方の国立大、金川大学2年生だったとき、同級生の風と知り合った。その時に事件を解決し、それから約10年間、二人は名探偵と助手として活動した。平成、名探偵が大流行の時代。トップの四人は名探偵四天王と呼ばれ、派手な事件が起きると誰かが呼ばれ、そして解決していった。夕暮は鳴宮ユウのペンネームで事件を小説化。するとベストセラーとなり、コミックス化。さらに人気アイドル主演でドラマ化されて大ヒット。風はこの時の主題歌の作詞の印税で、今も暮らしている。しかし7番目の事件で風はAIの推理に負け、名探偵を引退。それから二人は一度も会っていなかった。
令和になり、YouTubeの人気チャンネル「ころんころんチャンネル」で突如、「“名探偵の有害性”を告発する」として、風の有害性を告発を予告する動画がアップされた。しかも次回予告は、「名探偵に人生を奪われた。私は五狐焚風を絶対に許さない」である。心当たりのない風は、夕暮を誘い、当時の事件関係者に会ってかつての推理を検証するための旅を始める。
桜庭一樹の新作は、引退した名探偵と助手が、かつて解いた事件のその後を検証する物語。連載を読んでいなかったので、名探偵に対する皮肉を描いた小説かと思っていたのだが、全然違う方向の作品であった。
各章で当時の事件を振り返るため、事件のダイジェストとトリックが語られる。そのため、ちょっとした連作短編集の趣きがあるところは面白い。ただ、当時の名探偵が難解な事件を解くという絶対的な存在ではなく、テレビや雑誌の主人公みたいな扱いを受けているという設定になっているところが、ちょっと物悲しい。平成中期までの“名探偵”はそういう存在で、それ以降はすっかり飽きられる。そして令和ではネット上の炎上ネタという扱いになっているのは、“名探偵”という存在の時の移ろいを表現しているのだろう。そのせいかどうかはわからないが、事件の謎の方は大して面白くもない。
しかし、世の中は捨てたもんじゃない。まだまだ名探偵に感謝する人はいるし、困っているときに助けてくれる人もいる。初老に差し掛かってもまだまだ枯れない、人生の物語はまだまだ続くぞ、という応援ものに流れていったのは意外だった。横山光輝が『バビル二世』について、バビルがヨミを倒した後の人生がどうなったかを質問され、「きっと孤独な、寂しい人生を送ったんだと思いますよ」と答えているように、ヒーローはめでたし、めでたしの後が寂しく終わっていくというイメージがあり、この作品でも名探偵を同じ方向にもっていくのだろうなと思っていたので、結末はちょっと感動ものであった。
人生に疲れたころに読むと、思わぬところで胸に刺さってくる、そんな作品。若い人にはまだまだイメージが湧かないだろうな。
