平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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サミュエル・アウグスト・ドゥーセ『スミルノ博士の日記』(中公文庫)

 天才法医学者ワルター・スミルノはある晩、女優アスタ・ドゥールの殺害事件に遭遇。容疑者として、かつての恋人スティナ・フェルセンが挙げられる。名探偵レオ・カリングの手を借り、不可解な謎に挑むのだが……。江戸川乱歩横溝正史ら戦前の日本人作家にも多大な影響を与えた、世界ミステリ史上に名を刻む、探偵小説ファン必読の傑作本格推理長篇。(粗筋紹介より引用)
 1917年、スウェーデンで刊行。1923年、小酒井不木訳で『新青年』連載。1963年、宇野利泰訳で『世界推理小説大系5 チェホフ・ドゥーゼ』(東都書房)に収録。2024年7月、文庫化。

 サミュエル・アウグスト・ドゥーセはスウェーデンの軍人で、画家としても活動。1913年、弁護士で私立探偵のレオ・キャリングを主人公とした”Stilettkäppen"(邦訳『生ける宝冠』)でデビュー。1929年まで同シリーズ全14冊を発表した。本作はシリーズ第4作。本文庫の底本となる宇野訳はドイツ語訳を訳したものである。そのため、ドイツ語に訳される際に変更・省略された箇所が一部あり、その違いについては文庫末に書かれている。
 名前のみ有名な作品という意味では、本書はその代表の一つと言ってもいいだろう。なんといっても某大作家の代表作に先立って某トリックを使ったということで、日本では有名な作品である。ただ、『世界推理小説大系』(東都書房)で邦訳されてから一度も復刊されていない。解説の戸川安宣によると、宇野によるスウェーデン語原典の新訳が創元推理文庫で企画されていたが、宇野自身の死去により実現しなかったという。それがまさか、中公文庫で復刊するとは思わなかった。
 ただ、ドゥーセの他の作品は大して面白くなかった、という話を聞いたことがあったので、正直期待はしていなかった。読んでみると予想より全然古びていないし、結構面白かった。なんでこれが復刊しなかったんだと首をひねるぐらいである。
 中身に触れるとほぼトリックがわかってしまうので止めておくが、某トリックを使う必然性があったことに驚いた。結末まで読んだ時、うまいじゃん、と思わず唸ってしまったぐらいである。プロットや他のトリックも含めて、ここまでスマートに仕上がっていたことに感心した。ここまでドロドロの恋愛模様が書かれているとは思わなかったし、スミルノが色々と動き回るサスペンスもなかなかのものである。
 もちろん今読むともう少しひねってほしいところがあるのは否定できないが、書かれたのが1917年ということを考えると、ない物ねだりに等しい。できれば原典による新訳を読んでみたかった。そうすればもっと評価があがっていたかもしれない。本格ミステリファンなら、ぜひ手に取ってみるべき一冊だろう。