平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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松城明『蛇影の館』(光文社)

蛇影の館

蛇影の館

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 人間の身体と記憶を乗っ取る人工生命体〈蛇〉は、“衣裳替え”を繰り返し悠久の時を生きてきた。あるとき、五匹の〈蛇〉はそれぞれ、何者かに襲われ、一匹の〈蛇〉が行方不明になる。最年少の〈蛇〉で女子高生に寄生する伍ノは、一族の長から事件の調査を任され、さらに満月の集いのための新たな衣装候補の調達を頼まれる。同級生を騙して廃墟となった伝説の館に卒業旅行に行く伍ノだが、それは惨劇の幕開けだった……。
 寄生、消滅、召喚……特殊条件下の本格パズラー。あなたは〈蛇〉? それとも人間?(帯より引用)
 2024年7月、書下ろし刊行。

 松城明は2020年、『殺人機械が多すぎる』で第30回鮎川哲也賞最終候補。同年、短編「可制御の殺人」が第42回推理小説新人賞最終候補になり、2022年に連作短編集『可制御の殺人』でデビュー。2024年、続編『観測者の殺人』を刊行。別名義でジャンプ小説新人賞を受賞しているとのこと。
 『可制御の殺人』が評判になったとのことだが、全然記憶にない。まあ、細かくチェックしているわけではないので、単に知らないだけかもしれない。
 三千年近い昔、西欧の魔術師によって創られた五匹の〈蛇〉(セルペンス)。人の脳を喰い、身体と記憶を乗っ取る人工生命体。十五世紀の魔女狩りで追われて日本に流れ着き、名前を壱ノ、弐ノ、参ノ、肆ノ、伍ノと改めた。基本的に不死だが、人間との接続を丸一日経った時点で身体が細かい塵に帰り、消滅する。消滅した〈蛇〉は他の〈蛇〉が〈呪歌〉を歌うことで召喚できるが、以前の記憶は失っている。他にも細かいルールがあり、それがロジックとトリックに関わってくる。
 何が面倒かというと、このルールが小出しで書かれていること。謎解きの途中で整理されて出てくるけれど、いちいち覚えていねえよ、と突っ込みたくなった。
 そんな愚痴は抜きにしても、この〈蛇〉の設定がロジックのための特殊設定でしかないのが問題。小説なんだから、やはり物語としての書き方を考えてほしい。物語として成立させるために、卒業旅行に行く写真部のメンバーのやり取りがあるのだろうけれど、〈蛇〉の設定と乖離してしまっている。
 それ以外にも無理のある設定が多い。特に、国の中枢まで食い込んだ巨大なネットワークである〈財団〉という設定が、あまりにも都合良すぎ。“衣装”のための誘拐や死体処理にも対応できるというのもどうかと思うし、組織をどうやって維持しているんだとツッコミたくなるのもあるが、それ以上に事件(謎解きではない)の不都合部分をこれで逃げるというのもどうかと思う。
 さらに、〈蛇〉以外の登場人物も行動や言動が不自然。あの人物の不自然さ、周りがなぜ気づかないんだ。そしてエピローグ、絶対来ないだろう。だいたい、冒頭で部員が殺人事件で死んだ時点で、卒業旅行自体を親や学校が許さない。色々と首をひねることが多いので、多重推理も解決も、まったく楽しめなかった。
 特殊設定にすればいくらでも新しい謎やトリック、ロジックを生み出すことができるのだろうけれど、もう少し説得力と物語性がないと、ただのクイズで終わってしまう。こういうのが好きな人にとっては、たまらないかもしれないけれど。阿津川辰巳と法月綸太郎のコンビの推薦文、気を付けた方がいいな。