舞鶴の海辺の町で発見された、記憶喪失の青年。名前も、出身地も何もかも思い出せない彼の身元を辿る手がかりは、唯一持っていた一本の「扇」だった……。そして舞台は京都市内へうつり、謎の青年の周囲で不可解な密室殺人が発生する。事件とともに忽然と姿を消した彼に疑念が向けられるが……。動機も犯行方法も不明の難事件に、火村英生と有栖川有栖が捜査に乗り出す!(粗筋紹介より引用)
『Mephisto』2023~2024年連載。2024年8月刊行。
国名シリーズ第11作。あれ、“日本”なのに10作目じゃないの、と勝手に思っていたのだが、私以外にも同じことを考えた人はいるはずだ。タイトルは、クイーンが“The Door Between”(『ニッポン樫鳥の謎』)が雑誌掲載された時のタイトル、とかつて噂された説から採られている。
富士山が描かれた扇を持つ記憶喪失の青年。青年の実家である大家で起きた密室殺人事件と青年の失踪。火村英生と有栖川有栖が、事件関係者からの供述を基に、家族の複雑な思いを明らかにしていく。
密室殺人そのもの謎は既存の物であるし、アリスが思いつかなかったのが不思議なくらい。もちろん密室そのものは本作品の主題ではないが、密室の謎から事件の一端を解き明かしていく展開はうまい。
正直なことを言うと、青年の行方、そして記憶喪失の謎が解けてしまうと犯人はすぐにわかってしまう。ロジックはさすがといえるが火村曰く“ふわふわした推理”であり、なんとなく物足りなさを覚えてしまうのは事実。ただ本作品の面白さは、記憶喪失の青年の物語にある。人の謎が解けないと、事件の謎が解けない。この構成が本作品の面白さ。火村の言うフィールドワークならではの物語だろう。
派手なところは何一つないが、人の謎にウェイトを置くとこういう本格ミステリも出来上がるのだろう、と考えさせられる。読み応え抜群の一冊である。どことなく、ドラマ的ではあるが。