平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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D・M・ディヴァイン『そして医師も死す』(創元推理文庫)

 診療所の共同経営者・ヘンダーソンが不慮の死を遂げて二ヵ月が経った。医師のアラン・ターナーは、その死が過失によるものではなく、何者かが仕組んで事故に見せかけた可能性を市長のハケットから指摘される。もし他殺であるならば、かなり緻密に練られた犯行と思われた。ヘンダーソンに恨みや嫌悪を抱くものは少なくなかったが、機会と動機を兼ね備えた者は自ずと限られてくる……未亡人ともども最有力容疑者と目されたアランは、ヘンダーソンの死の状況を明らかにしようと独自の調査を始める。騙しの名手ディヴァイン初期の意欲作、本邦初訳。(粗筋紹介より引用)
 1962年、発表。作者の第二長編。2015年1月、邦訳刊行。

 事故死の評決が出ていた共同経営者ヘンダーソンに、殺人の疑いが発生。もし殺人なら、機会があるのはアラン自身か、ヘンダーソンの後妻であるエリザベスしかない。アランは事件の真相を探り始めるも、婚約者であるジョアンをはじめ、多くの者がアランとエリザベスに疑いの目を向けるようになる。
 主人公で容疑者の一人でもあるアランが、ヘンダーソンを殺害する機会がある人物を捜すだけの作品。言い方は悪いが、それだけだ。犯人によるトリックがあるわけでもなし、作者自身による仕掛けがあるわけでもなし。殺人と不倫の両方の疑いをかけられ、人間不信に陥りそうな主人公が、ひたすら事件の状況と関係者の動きを調べて犯人を捜すだけの作品だ。なのに、これが面白い。
 プロットだけを見ると、つまらない。だが、非常に読み易い文章(これは翻訳のおかげかな)の中でじわじわと心を黒く染めていく心理サスペンス。そしてしっかりと散りばめられている伏線の巧みさ。まだ二作目ではあるが、作者の巧みなテクニックが存分に発揮されている。
 とはいえ、やはり事件そのものがこれだけ、という物足りなさがあるのも事実。もう少し満腹感を味わせてほしかった。