一一八六年。平家一門の生き残りである、亡き平頼盛の長男・保盛はある日、都の松木立で女のバラバラ死体が発見された現場に遭遇する。生首には紫式部の和歌「めぐりあひて 見しやそれとも わかぬまに 雲隠れにし
2024年6月、書下ろし刊行。
紫式部の和歌が添えられた屍は、なぜバラバラにされていたのか? 「一 くもがくれにし よはのつきかな」。
若き西行が遭遇した、密室からの人間消失の真相は? 「二 かこちがほなる わがなみだかな」。
河原に捨てられた屍は、なぜ在原業平の和歌に見立てられたのか? 「三 からくれなゐに みづくくるとは」。
都を襲った大火の真相を解く鍵は、菅原道真の和歌? 「四 もみぢのにしき かみのまにまに」。
衆人環視の中、式子内親王の周りにいた女房たちを殺した方法は? 「五 しのぶることの よわりもぞする」。(帯より引用)
最近の推し、羽生飛鳥の新刊は藤原定家を探偵役に据えた連作短編集。『小倉百人一首』『新古今和歌集』の撰者である歌人であり、『源氏物語』などの古典文学の研究者としても有名な天才である。若き日の定家と行動を共にするのは、『蝶として死す 平家物語推理抄』『揺籃の都 平家物語推理抄』の主人公・平頼盛の長男である平保盛。頼盛の推理力は引き継げなかったが、屍がいつどのように無くなったのかという見極めの手ほどきは受けている。このコンビ、まさにホームズとワトスンである。実際にもこの二人、仲が良かったとのことなので、うまいところに目を付けたものだ。史実同様、激情型の定家は、和歌が犯罪に巻き込まれたことに怒り狂い、和歌の背景を一から絶叫するというのも、よくできている。
本格ミステリとしても、バラバラ殺人、密室消失、見立て殺人、火災、衆人監視下の連続殺人とバラエティ。トリック自体はそこまで込み入ったものではないが、時代性と舞台をうまく絡ませ、読み応えのある本格ミステリに仕上げているところはさすが。そして最後に連作短編集らしい締めを持ってくるのも芸が細かい。登場人物のキャラクターも立っているし、特に定家と保盛のやり取りが非常に面白い。ピントの外れた推理を保盛が披露し、定家が一刀両断するところは笑える。
平安・鎌倉時代の背景や風習と文化、鎌倉幕府が設立される直前の荒れた世情、公家・武家・民衆の描き分けを本格ミステリに落とし込み、読者を魅了する作品作るのがとても巧い。個人的ベストは、やはり最後の「五 しのぶることの よわりもぞする」。
個人的には今年のベスト候補。この人、もっと評価されてもいいと思うんだけどね。読み応えのある作品を描き続けているし。お薦めしたい作家、作品であるので、しばらくは追い続けることを改めて決意した。