平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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カーター・ディクスン『五つの箱の死』(国書刊行会 奇想天外の本棚)

 深夜一時、ジョン・サンダース医師は研究室を閉めた。今週中に、ある毒殺事件のための報告書を提出しなければならず、遅くまで顕微鏡を覗いていたのだ。頭をすっきりさせて帰ろうと、小雨の降りはじめた道を歩いていたサンダースは、十八世紀風の赤煉瓦造りの家のすぐ外に立つ街灯のそばに一人の若い女性がたたずみ、自分のことを見ているのに気づいた。ガス灯に照らされ、ただならぬ雰囲気を漂わせた女性は、サンダースを呼び止め、この建物の窓に明かりが灯った部屋に一緒に行ってほしいと懇願する。この女性に請われるまま、建物に入り、部屋に足を踏み入れたサンダースが目にしたのは、細長い食卓の周りを物いわぬまま囲み、?人形か?製のように座った四人の人間であった。いずれも麻酔性毒物を飲んでいる症状が見られ、そのうちの三人にはまだ息はあったが、この部屋の住人であるフェリックス・ヘイは細身の刃で背中から刺されてすでに事切れていた。そして奇妙なことに、息のある三人のポケットやハンドバッグには、四つの時計、目覚まし時計のベルの仕掛け、凸レンズ、生石灰と燐の瓶などの品々が入っていた。事件の捜査を開始したロンドン警視庁のハンフリー・マスターズ首席警部は、奇妙な事件の解明のため、ヘンリー・メリヴェール卿を呼び寄せる。(粗筋紹介より引用)
 1938年、発表。1957年4月、ハヤカワ・ポケット・ミステリより邦訳刊行。2023年6月、新訳で刊行。

 カーター・ディクスンディクスン・カー)の膨大な作品群をABCでランク分けすると、間違いなくCと評価されていた一冊。「カー問答」「新カー問答」でも触れられていない。編者の山口雅也が嘆いているように、ほとんどだれも取り上げてこなかった作品である。カーマニアの瀬戸川猛資ですら、『夜明けの睡魔』で「ただの凡作になった」とまで書いているしなあ。ただ、山口雅也がいう「アンフェア」という評は聞いたことがなかった。まあ、そんなにカーキチでもないし、文庫化もされていないので、多分読むことはないだろうと思っていたのだが、まさか「奇想天外の本棚」で出るとは。こういう時の山口雅也の評は外れることが多い感があるものの、ここはひとつ読んでみよう、あの有名な毒殺トリックも確認しよう、と思った次第。あっ、山口雅也は『孔雀の羽根』と『ユダの窓』の間に書かれたと書いているけれど、『ユダの窓』の後だよね。作中でも事件に触れられているし。
 読み終わってみると、意外とまともだなという印象を持った。新訳のおかげなのかもしれないが、読みにくいところも全然なかった。もっとファース味たっぷりだと思っていたのだが、ヘンリー・メリヴェール卿の登場シーンを除けばそんなひどいドタバタぶりはない。H・Mの推理もまともだし、ディクスンが力を入れていることもわかる。
 例の有名な毒殺トリックは、本書が最初なんだろうか。もっと他でも使われているのではないかという気もするのだが、これは単に私の勘なので、この件はスルー。五つの箱の中身があっさりとわかってしまうのは、ちょっと勿体なかった。
 さて、例の有名な犯人トリックの方だが、読んでみたら別にアンフェアとは思わなかったな。逆に今の本格ミステリ読者なら、これぐらいの犯人では驚かないだろう、というのが正直なところ。ただ、意外性を狙いすぎて、ただの凡作に終わったという評には同意だ。フェアではあるが、「離れ業」というほどではない。これは、横溝の某中編を先に読んでいたからかな。
 それと、山口の言う「旧訳本の造本上のミス」がよくわからなかった。これは何を指しているのだろう。もしかしたら、と予想できるところはあるのだが。
 結局、思ったほど駄作じゃなかった、というのが正直な感想。もっとひどいかと思っていたので、逆に楽しみにしていたのが肩透かしにあってしまった。ただ、力が入っているけれど、空回りしてしまっている。なんか、もうちょっと振り切ればよかったのに、と思ったな、これは。

 さて、「奇想天外の本棚」の新刊が9か月も出ていない。残り2冊、頼むから出してくれよ。特に『最後にトリヴァー氏は』を待っているんだけどな。それに第二期のカー『棺桶島』も未訳のままで終わるのか。