平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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ロバート・R. マキャモン『少年時代』上下(文春文庫)

 十二歳のあの頃、世界は魔法に満ちていた――1964年、アメリカ南部の小さな町。そこで暮らす少年コーリーが、ある朝殺人事件を目撃したことから始まる冒険の数々。誰もが経験しながらも、大人になって忘れてしまった少年時代のきらめく日々を、みずみずしいノスタルジーで描く成長小説の傑作。日本冒険小説協会大賞受賞作。(上巻粗筋紹介より引用)
 初恋、喧嘩、怪獣に幽霊カー。少年時代は毎日が魔法の連続であり、すべてが輝いて見えた。しかし、そんな日々に影を落とす未解決の殺人事件。不思議な力を持つ自転車を駆って、謎に挑戦するコーリーだが、犯人は胃がないところに……? もう一度少年の頃の魔法を呼び戻すために読みたい60年代のトム・ソーヤ―の物語。(下巻粗筋紹介より引用)
 1991年、発表。1991年度ブラム・ストーカー賞受賞。1992年度世界幻想文学大賞受賞。1995年3月、文藝春秋より邦訳単行本刊行。1995年、第14回日本冒険小説協会大賞(海外部門)受賞。1999年2月、文庫化。

 『東西ミステリーベスト100』未読本消化の一冊。読んでいると思っていたのだが、未読本リストに入っていた。
 アラバマ州南部のゼファーという人口約1,500人の小さな町が舞台。どんな町かというのは、著者の初めの言葉にある。ブライト・スター・カフェ、ウールワース、小規模な食料雑貨の店、悪い娘たちを住まわせている家がある。どの家にもテレビがあるわけではなく、郡内がアルコール禁止なので酒の密造業が繁昌。教会が四つ、小学校が一つ、墓地、底無しの深い湖。公園にプールに野球場。通過するだけの鉄道。だけど魔法の土地。百六歳になる黒い女王。OK牧場でワイアット・アープの命を救った拳銃使い。川には怪獣、湖には謎。真っ黒なドラッグレース用の車で道を飛ばす幽霊。天使と悪魔、死後の復活を果たした南軍兵。異星から来た侵略者。完璧な剛腕を持つ少年。逃げ出した恐竜。
 主人公は、十二歳の少年、コーリー・マッケンソン。両親はトムとレベッカ、祖父はジェイバード。親友はデイヴィー・レイ・キャラン、ベン・シアーズ、ジョニー・ウィルソン。
 コーリーがゼファーで過ごした十二歳の一年が「春」「夏」「秋」「冬」の章で描かれる。連作短編集のように、様々なエピソードが続いていく。それは冒険とファンタジーと現実の交錯。まだまだ子供で、夢と魔法を信じ、ちょっとだけ大人の世界に足を踏み入れた、そんなコーリーだが、顔をつぶされ、ピアノ線で首を絞められた裸の男が、手錠でハンドルに繋がれていたまま車ごと湖に沈められたのを父と一緒に見てしまったことが、一家に影を落とす。それは初めて知る大人たちの罪と過去の傷だった。
 訳者あとがきによると、名前と役割を与えられて登場する人間の数は160人ほど。覚えれらないよ、なんて文句を言いながらも、作品世界に引き込まれていく。まさに1960年代のトム・ソーヤーであろう。本当にファンタジーじゃねえか、と言いたくなる展開があるのも驚き。逆にギャングとの遭遇というのは、アメリカ南部っぽいと思わせる。南北戦争や黒人差別が語られるのも、南部ならではであろう。
 そこに殺人事件が絡むのに違和感がないことに驚かされる。まだそんな時代だったよなと思わせる犯人たちであったが、それも含めて子供の冒険成長譚になってしまうところも不思議だ。そしてまた、尊敬の的でありながら時には相棒となる父親、口うるさいが愛情あふれる母親の存在感も魅力的だ。
 そしてうまいなと思ったのは、最後の章に描かれる1991年。ゼファーを引越ししてから25年。40歳になったコーリーは、妻と二人の子供を連れて、ゼファーにやってくる。過ぎ去った時を思い出すように、そしてあの頃の輝きを伝えるために。少年時代の冒険を大人になって振り返るという結末はあまりにもありきたりであろうが、なのに思わず涙を流してしまうのはなぜだろう。
 ワクワクして、ドキドキして、時には楽しく、時には悲しく。大人たちが昔を思い出させるようなリアル・ファンタジーといっていいだろう。少年の頃の夢と冒険と成長をすべて注ぎ込んだような作品である。やっぱり傑作ですね、これは。