平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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宮部みゆき『おそろし 三島屋変調百物語事始』(角川文庫)

 17歳のおちかは、ある事件を境に、ぴたりと他人に心を閉ざした。ふさぎ込む日々を、叔父夫婦が江戸で営む袋物屋「三島屋」に身を寄せ、黙々と働くことでやり過ごしている。ある日、叔父の伊兵衛はおちかに、これから訪ねてくるという客の応対を任せると告げ、出かけてしまう。客と会ったおちかは、次第にその話に引き込まれていき、いつしか次々に訪れる客のふしぎ話は、おちかの心を溶かし始める。三島屋百物語、ここに開幕。(粗筋紹介より引用)
 『家の光』(家の光協会)2006年1月号~2008年7月号連載。2008年7月、角川書店より単行本刊行。2010年6月、新人物往来社よりノベルス版刊行。2012年4月、角川文庫化。

 神田三島町の一角にある袋物屋の三島屋。秋口に奉公にあがったのは、主人伊兵衛の長兄の娘、十七のおちかである。長兄は川崎宿で名の知られた大きな旅籠の主人である。番頭の八十助や女中頭のおしまはなぜおちかが奉公に来たのかは知らない。知っているのは伊兵衛と内儀のお民だけである。おちかは三島屋から外へ出ず、日々は女中仕事に忙しく過ごしていた。
 ある日、急の仕事が入った伊兵衛の代わりに、囲碁好きな伊兵衛の相手としてやってきた客の応対をすることになったおちか。黒白の間で客は、庭に咲いていた曼殊沙華を見て卒倒しそうになった。介抱の末落ち着いた客の松田屋藤兵衛はおちかに、昔話を始める。藤兵衛は建具商の店を構える前は藤吉と名乗っていた。十三歳上の長兄吉蔵は腕のいい建具職人であったが、普請場で大工と喧嘩になり殺してしまい、八丈島に送られた。「第一話 曼殊沙華」。
 伊兵衛はおちかに、五日に一日の割合で来る客の話を聞くように命じる。今日訪れた美しい女性たかが子供のころ、錠前直しの父辰二郎がある屋敷の番頭に、屋敷に一年間家族で住んだら百両を渡すと持ち掛けられた話を始めた。「第二話 凶宅」。
 おちかは黒白の間でおしまに、胸に秘めていた過去のことを話し始めた。なぜ三島屋に来ることになったのか。それは川崎宿の旅籠、丸仙であった、自らの結婚話に絡む悲劇の事件であった。「第三話 邪恋」。
 黒白の間に来た三人目の客は、おしまが十五年前に奉公していた仕立屋石倉屋の娘、お福であった。お福にはお彩という七つ上の姉と、年子の兄市太郎がいた。お彩は体が弱いため、三つの時に大磯の知り合いの家に預けられた。丈夫になったお彩は十七の時、石倉屋に帰ってきた。「第四話 魔境」。
 兄、喜一がおちかに会うために三島屋まで来た。喜一はおちかに、松太郎の亡霊が現れるようになったと告げる。「第五話 家鳴り」。

 宮部みゆき流百物語のシリーズ第一巻。江戸の風景が浮かび上がる描写はさすがと思わせるものであるし、情緒豊かな文体は読者を物語にゆっくりと誘ってくれる。登場人物の描き分けもうまく、各話の登場人物が要所要所で繋がる構成は見事といっていい。
 落ち着いた文章から奏でられる恐怖は、じわりじわりと読者の心に染みていく。やっぱりうまい。安心して読むことができ、決して外すことはない。