平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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フレデリック・フォーサイス『騙し屋』(角川文庫)

 騙し屋とよばれるサム・マクレディは、イギリス秘密情報機関SISのベテラン・エージェント。切れ者で世界各地で敵を欺き、多くの成果をあげてきた。しかし、冷戦は終結し、共産主義は崩壊した。世界情勢は急転したのだ。それは、スパイたちに過酷な運命を強いることになった。マクレディは引退を勧告された。SISの人員整理構想のスケープゴートにされたのだ。マクレディは現役に留まるため、聴聞会の開催を要請した……。世界のフォーサイスが贈る、スパイたちへの鎮魂歌。“最後のスパイ小説”四部作第一弾。(粗筋紹介より引用)
 1991年、イギリスで発表。1991年9月、角川書店より邦訳単行本刊行。1992年12月、文庫化。

 イギリス秘密情報機関SISのベテラン・エージェント、騙し屋ことサム・マクレディ四部作の第一作。冷戦終了に伴う人員整理による左遷を不服としたマクレディが要請した聴聞会で、マクレディの過去6年間の業績を振り返る形式で語られる。第一作は1985年、ソ連軍の少将でマクレディの元情報提供者でもあるイェフゲーニィ・パンクラティンに係わる諜報戦である。バンクラティンは入手した軍の配置図を東ドイツでの視察時に直接手渡したいと連絡してきたため、パンクラティンの仕事を引き継いでいたCIAは旧知のマクレディにその仕事を押し付ける。しかし東ドイツに入ることができないマクレディは、定年間近でお払い箱寸前の部下、“ポルターガイスト”ことブルーノ・モレンツに命令する。一方モレンツは、プライベートで問題を抱えていた。
 ページ数で約250ページ。長編ではあるが、短めである。四部作ということで同じような厚さの本が四冊。一冊にまとめてもいいじゃないか、なんて思ってしまうけれど、マクレディの切れ味の良さを表現するには、この形式の方がよかったと判断したのだろう。
 老東西冷戦の終結に伴うお払い箱のスパイたちへの鎮魂歌ともいえるシリーズだが、本作品は引退間近のスパイの鎮魂歌と言える。ブルーノ・モレンツという人物は、マクレディの仕事をすでにしていないし、定年まで残り三年。コールガールのレナーテ・ハイメンドルフに首ったけで、定年後は一緒に住もうと話をしているという、ダメダメ人間である。それでもマクレディのために最後と言える仕事を引き受け、ヨレヨレながらも最後の輝きを見せる。
 マクレディは、どんな部下にでも思いやりを持って接している。だからこそ彼はいまだにモテるのだろうし、彼のために仕事をしようと思うのだろう。そんなマクレディの魅力を伝える一冊であり、四部作の最初としては文句なしと言える一冊である。