平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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宮部みゆき『昨日がなければ明日もない』(文春文庫)

 杉村探偵事務所へ依頼に来たのは、筥崎静子というさいたま市に住む五十代後半の女性。娘で相模原市に住む専業主婦の佐々優美が一か月前に自殺未遂を起こした後、一切の連絡が取れないという。優美の夫の知貴は、自殺未遂の原因は静子との関係性にあると言って一切の連絡を取らせようとせず、クリニックでも門前払い。知貴と接触してみると、かなり憔悴していた。二人のマンションを見張り続けていると日曜日、年上の男が知貴を連れ出した。調べてみると、大学のホッケー愛好会のOBで作られているチーム・トリニティの代表である高根沢だった。調査を続けていくうちに、杉村は陰惨な事件に遭遇する。「絶対零度」。
 複雑な事情から、事務所を間借りしている竹中夫人とともに、近所の中学生の加奈の従姉である宮前静香の結婚披露宴に参加することとなった杉村。当日、式場のホテルへ行ったら、同じ階の結婚式の新婦がドレス姿のまま逃げ出したという。さらに、静香の新郎の元カノが式場に来たせいで、静香の方の結婚式も破談になってしまった。「華燭」。
 竹中家の長男妻と、長女で中学一年の有紗が杉村へ話に来た。有紗の小学校時代の同級生だった朽田漣の母親である美姫が子供の命がかかっているので相談があるという。しかし親娘とも周りに迷惑ばかりかけて問題ばかりなので、引き受けないほうがいいと伝えてきた。翌日、美姫が杉村探偵事務所に漣とともに押しかけてきた。別れた夫が引き取った小学一年生の長男が、交通事故に合ったという。しかしその事故は実は殺人事件未遂で、元夫の両親が邪魔になった長男を殺そうとしたものだと訴えてきた。あまりにも一方的、かつ独善的な訴えに辟易しながらも、背後を調べるという依頼を受けた杉村。調べていくうちに、問題があったのは美姫の方であることがわかってきた。「昨日がなければ明日もない」。
 『オール讀物』掲載。2018年11月、文藝春秋より単行本刊行。2021年5月、文庫化。

 

 杉村三郎シリーズ第5作となる中編集。単行本の帯には「杉村三郎vs.“ちょっと困った”女たち」という惹句が記されていたとのこと。確かに「ちょっと困った」女たちは登場するが、“ちょっと”“困った”でいいのだろうか。「絶対零度」は娘を心配している母親、「華燭」は結婚式が逃げ出した新婦、「昨日がなければ明日もない」は周囲を困らせる女である。そういえば前作の『希望荘』をまだ読んでいないのだが、全然困らないところはさすが。
 どの物語も、一つ一つはミステリの題材としては平凡な事象ばかりである。よくある話といってもいい。ところが宮部みゆきという稀代のストーリーテラーの手にかかると、先が全く見えなくて、ページをめくる手が止まらない話に仕上がってしまうのだからすごい。平易な文章なのに、様々な感情を与えられてしまう、この物語の面白さはいったい何なんだろう。
 どれも面白かったが、あえて一つを選ぶならまだユーモアが残っている「華燭」か。残り二作は、エンディングが悲しい。それでも次を読もうという気になるのだが。