平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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鳥飼否宇『死と砂時計』(創元推理文庫)

 死刑執行前夜、なぜ囚人は密室状態の独房で惨殺されたのか? どうして囚人は、人目につく満月の夜を選んで脱獄を決行したのか? 墓守が自ら一度埋めた死体を再び掘り返して解体した動機は――。世界各国から集められた死刑囚を収容する特殊な監獄に収監された青年アランは、そこでシュルツ老人に出会う。明晰な頭脳を持つシュルツの助手となった彼は、監獄内で起きる不可思議な事件の調査に係わっていく――。終末監獄を舞台に奇想と逆説が全編を覆う、異形の本格ミステリ。第16回本格ミステリ大賞受賞作。(粗筋紹介より引用)
 2015年1月、創元クライム・クラブより単行本刊行。2016年、第16回本格ミステリ大賞受賞。2017年5月、文庫化。

 

 世界中に人権保護の思想が行き渡り、死刑制度は有名無実化していた。しかし凶悪犯罪は増加し、死刑判決は増えても事実上無期懲役化し、監獄は終身介護施設と化し、市民の血税で凶悪犯が生き続けるという構図が誕生した。そこに目を付けた中東の弱小国家ジャリーミスタン首長国の独裁権力者、サリフ・アリ・ファヒールは、1990年に終末監獄を建設。世界各国から死刑囚を集めて実際に処刑を行った。一人当たりの費用は数万米ドルと言われている。こうして世界中の死刑囚が終末監獄に集まるようになった。死刑囚は体のどこかにマイクロチップを埋め込まれ、電子監視システムで厳重に管理されている。いつ処刑されるかは、ファヒール次第であり、送り込まれた順番ではない。
 両親殺しで死刑判決を受けた三十歳代のアラン・イシダは、第二収容棟の棟長で生き字引であるトリスタン・シュルツの助手となり、監獄内での不可思議な事件に係る。
 明日執行されるはずの死刑囚二人が、それぞれ鍵のかかった独房で、しかも持ち込むことが許されない刃物でどうやって惨殺されたのか。「魔王シャヴォ・ドルマヤンの密室」。
 中国人の名医の死刑囚は、どうやってマイクロチップの電子管理システムをかいくぐり、人目につきやすいはずの満月の夜に監視員をロープ状のもので絞殺して脱獄することができたのか。「英雄チェン・ウェイツの失踪」。
 もうすぐ定年を迎える監察官は、なぜ監察中に死ななければならなかったのか。「監察官ジェマイヤ・カーレッドの韜晦」。
 墓守は処刑された死刑囚を一度土葬にした後、なぜ再び掘り返して解体したのか。「墓守ラクパ・ギャルポの誉れ」。
 女死刑囚は男性のいない収容棟でどうやって懐妊することができたのか。「女囚マリア・スコフィールドの懐胎」。
 アラン・イシダは4日後に処刑されることが言い渡された。独房の中でアランは、過去に自らが犯した事件を振り返る。「確定囚アラン・イシダの真実」。

 

 世界中の死刑囚を集めて代理で処刑するという設定は、間違いなく実行は不可能であるけれど、極限状況と絶対管理という舞台を生み出すには非常に面白いものである。さらに不可能状況を生み出すには、実に都合がよい。うまい設定を考えたものである。
 「魔王シャヴォ・ドルマヤンの密室」のシチュエーションは、どうしても法月綸太郎「死刑囚パズル」を思い起こすものであるが、もちろんそれとは別の理由、トリックが使われており、さすがというべきか。
 他の作品も、極限状況化ならではの事件ならびに解決であり、本格ミステリとしての楽しさも十分に味わえる。そして最後の作品とエピローグ。見事としか言いようがない落としどころである。今後どうなるのか、気になるところではあるが。
 本格ミステリ大賞を取ったのもうなずける傑作である。

 

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