平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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浅暮三文『石の中の蜘蛛』(集英社)

 楽器のリペアを職業としている立花誠一は、杉並区内の防音設備がしっかりしているミニマンションの部屋を不動産屋と契約した日、轢き逃げに跳ねられた。怪我は大したことが無かったが、聴覚が異常に鋭くなってしまった。前に住んでいた若い女性はピアノを弾いていたが、半年前、管理人に何も言わずに書置きだけを残して家具もそのまま部屋を飛び出した。彼女が残したものは、鳴る石。石が建てる音は、蜘蛛が何本もの足で石の内側を這いずるようだった。立花が轢き逃げにあったのは、彼女が原因ではないか。立花は部屋に残された音を頼りに、女を探し出そうとする。
 2002年6月、集英社より書下ろし刊行。2003年、第56回日本推理作家協会賞長編および連作短編集部門賞受賞。

 

 浅暮三文が2002年に書き下ろした、“ファンタジーとハードボイルドの融合”作品。轢き逃げ事故で異常な聴覚を持った男が、残された音を頼りに失踪した女を探し出す。確かに探し出す手段が特殊ではあるが、物語の組み立て自体はハードボイルド。言っていることに嘘はない。
 異常な聴覚で、常人には聞き取れない音を聞き取ったり、話す言葉の調子から嘘や本当などを見抜くというのはまだわかるのだが、さすがにスプーンで叩いて帰ってきた音からかつてどんな行動を取っていたのかがわかるというのは、都合がよすぎるんじゃないのと思われるような設定で、あまりのれなかった。本作品の特徴はその設定にあるので、それに面白さを感じ取れないと、読んでいてつらい。
 女が失踪した理由や、主人公が轢き逃げされた理由などはありきたりだし、展開も単調で面白くない。結局この作品の面白さは、異常な聴覚を利用するという設定にかかっている。それを受け入れられるかどうかでこの作品の評価は変わってくるだろう。