平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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鈴木忠平『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか』(文藝春秋)

 なぜ 語らないのか。なぜ 俯いて歩くのか。なぜ いつも独りなのか。そしてなぜ 嫌われるのか――。
 中日ドラゴンズで監督を務めた8年間、ペナントレースですべてAクラスに入り、日本シリーズには5度進出、2007年には日本一にも輝いた。それでもなぜ、落合博満はフロントや野球ファン、マスコミから厳しい目線を浴び続けたのか。秘密主義的な取材ルールを設け、マスコミには黙して語らず、そして日本シリーズ完全試合達成目前の投手を替える非情な采配……。そこに込められた深謀遠慮に影響を受け、真のプロフェッショナルへと変貌を遂げていった12人の男たちの証言から、異端の名将の実像に迫る。「週刊文春」連載時より大反響の傑作ノンフィクション、遂に書籍化!(粗筋紹介より引用)
 『週刊文春』2020年8月13・20日号~2021年3月4日号まで連載。大幅な加筆修正のうえ、2021年9月、単行本刊行。

 

 落合博満の2004年から2011年までの8年間の中日ドラゴンズ監督時代を、当時日刊スポーツのプロ野球担当記者として番記者を務めていた筆者が描き切った一冊。
 落合の中日監督時代の成績はすごいの一言。8年間で優勝4回、日本一1回。そして8年間すべてAクラス。本の中ではCSについてはほとんど触れられないけれど(それも落合本らしいという気がする)、CSではファイナルステージには必ず出ている。これだけの成績を残しながら、フロントや地元企業、マスコミからは嫌われまくった。不思議といえば不思議だし、当然といえば当然という気もする。馴れ合いとコミュニケーションをはき違えた面々からしたら、落合の態度には腹を立てたのだろう。それを情が無いだの、ファン無視などと自らを正当化し、徒党を組んで批判ばかりしているのだから、呆れるしかない。マスコミの適当さは、新人王などマスコミが投票して決定するタイトルを見ればわかる。いつだったか、新人王の投票で、1年間を通して活躍していた選手に投票せず、わずかしか登場していない選手に投票していた記者が複数いた。これを馴れ合いと言わずしてなんと言うのだろう。
 落合はどんな相手にも、プロとしての考えを徹底して求めていた。そしてプロとしての基準に満たないものに対して、何を話しても無駄だと悟っていたのだろう。鈴木忠平というこの本の作者がこれだけのことを書けたのは、そんな落合の姿勢と考え方を学び取った結果ではないか。だからこそ、本書は読んでいて面白い。プロの選手の思考・動き・言動を、ただの伝書鳩のように、伝言ゲームのように、太鼓持ちのように書くのではなく、プロ以上の思考をもって書けるプロの記者が一体どれぐらいいるのだろうか。
 本書に出てくるのは川崎憲次郎森野将彦福留孝介宇野勝岡本真也、中田宗男、吉見一起和田一浩小林正人、井出峻、トニ・ブランコ荒木雅博の視点を通しながら、2004年から2011年の落合博満中日ドラゴンズの表と裏をあぶり出している。プロという人たちはいかにしてその地位を作り出すか、その地位を奪うか、その地位を維持するか。そしていかにして新たな地位を見つけ出すか。落合や当時の中日ファンだけでなく、あらゆるプロ野球ファンに読んでもらいたい。当時の中日ドラゴンズを知っている人なら、その舞台裏に驚くだろうし、知らない人でもプロというものの本来の恐ろしさやレベルの高さを知ることができるはずだ。そして、ビジネスマンにも読んでもらいたい。組織論としても、そして上司と部下の関係という点でも面白く読むことができるはずだ。まさに傑作ノンフィクションである。