平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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伊吹亜門『幻月と探偵』(角川書店)

 ここは夢の楽土か、煉獄か――。
 1938年、革新官僚岸信介の秘書が急死した。秘書は元陸軍中将・小柳津義稙の孫娘の婚約者で、小柳津邸での晩餐会で毒を盛られた疑いがあった。岸に真相究明を依頼された私立探偵・月寒三四郎は調査に乗り出すが、初対面だった秘書と参加者たちの間に因縁は見つからない。さらに、義稙宛に古い銃弾と『三つの太陽を覚へてゐるか』と書かれた脅迫状が届いていたことが分かり……。次第に月寒は、満洲の闇に足を踏み入れる。(帯より引用)
 2021年8月、書下ろし刊行。

 

 『刀と傘』で本格ミステリ大賞を受賞した作者の書き下ろし長編。過去二作は幕末が舞台だったが、本作品は満州が舞台。考えてみると満州って、歴史で習った程度では知っているが、満州自体の風俗などはあまり気にしなかったなんて思いながら読み進める。
 前半は、いまだに関東軍に影響力を持つ退役陸軍中将・小柳津義稙の晩餐会で、血のつながる数少ない肉親である孫娘・千代子の婚約者、滝山秀一が毒殺された疑いのある事件で、月寒が当時の出席者に話を聞く展開が続く。会話を通して時代背景や人間関係を丁寧に説明してくれているのだが、事件が動かないので、ちょっと退屈かも。
 小柳津義稙やその周辺人物はもちろん創作だが(モデルがいるのかどうかは知らない)、岸信介椎名悦三郎といった実在人物も登場。岸信介満州にいたなんて、全然知らなかった。
 中盤から事件が続き、最後は連続殺人事件の謎を最後は月寒が解き明かすのだが、一気呵成の謎解きは面白かった。特にフワイダニットの部分に感心した。当時の関東軍の闇などにも触れられており、歴史の暗部も絡めたミステリとして十分楽しめる。ただ、そこ止まりかな……。もう一つあっと言わせるものが欲しかった。贅沢かもしれないが。
 この月寒三四郎という探偵役、今後も書き続けるのかな。今までも色々と事件にかかわってきたようだし。ただそれだったら、もう少し探偵の色を付けてほしいところだが。