平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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米澤穂信『真実の10メートル手前』(東京創元社)

 高校生の心中事件。二人が死んだ場所の名をとって、それは恋累心中と呼ばれた。週刊深層編集部の都留は、フリージャーナリストの太刀洗と合流して取材を開始するが、徐々に事件の有り様に違和感を覚え始める……。太刀洗はなにを考えているのか? 滑稽な悲劇、あるいはグロテスクな妄執――己の身に痛みを引き受けながら、それらを直視するジャーナリスト、太刀洗万智の活動記録。日本推理作家協会賞受賞後第一作「名を刻む死」、本書のために書き下ろされた「綱渡りの成功例」など。優れた技倆を示す粒揃いの六編。(粗筋紹介より引用)
 『ミステリーズ!』他掲載作品に書下ろしを加え、2015年12月、単行本刊行。

 

 高齢者にインターネットを介して日用品や医薬品を届けるサービスで急成長したフューチャーステア。しかし有機栽培の農畜産品を利用した会員配当システムが失敗し、4日前に経営破綻した。そして社長の早坂一太と超美人広報としてテレビに出ていた妹の真理が失踪した。二人の妹である弓美は、面識のあった太刀洗に酔った真理から電話があったことを話し、捜してほしいと依頼する。東洋新聞大垣支局に所属する太刀洗と、今年配属されたカメラマンの新人である藤沢吉成は特急に乗る。「真実の10メートル手前」。
 人身事故で電車がホームで止まっている。よくあることだと思っていたら、吐き気を催す光景を見つけた。笑みを浮かべた女記者が現場を見てメモを取り、携帯電話で撮影をしている。さらにボイスレコーダーで事件記録をメモしている。駅員から注意のアナウンスが入るが、気にせず取材を続けている。見苦しい。「正義感」。
 三重県の高校生、桑岡高伸と上條茉莉が遺書を残して心中した。二人が死んだ場所から「恋累(こいがさね)心中」とマスコミに名付けられた。『週刊深層』編集部の都留正毅は現地に取材に行くが、編集長は月刊の方で仕事をしているフリーライターがたまたま近くにいたので、取材コーディネーターを依頼したという。それが、太刀洗万智だった。二人は取材を行うが、都留は事件に違和感を覚えてきた。「恋累心中」。
 一人暮らしの無職の老人、田上良造が孤独死した。発見したのは、中学三年生の檜原京介。学校への往復でいつも見かける人物がいなかったことと、変な臭いがしたので、ブロックの風抜き穴から覗いて見つけたものだった。最初こそ取材攻勢を浴びたが、次のニュースが出ると誰も気にしなくなった。それから二十日後、フリーの記者である太刀洗万智が京介の元を訪れた。「名を刻む死」。
 イタリア系企業で働くヨヴァノヴィチは仕事で来日したが、妹の友達である太刀洗万智にどうしても会いたかった。取材中の彼女と約束が取れたのは一日だけ。ヨヴァノヴィチは太刀洗の取材に付き合う。6日前、16歳の少年が、姉の3歳の娘をナイフで殺害した事件を追っていた。「ナイフを失われた思い出の中に」。
 長野県南部を襲った水害で、三軒の民家が土砂崩れで孤立した。その場所は高台にあり、東から南は取り巻く川が濁流と化し、橋も流されていた。上空は高圧線が通っていて空から近づくことはできなかった。救助作業が土砂で崩れた西側からしかなかった。救助隊は進路を切り開き、4日目に老夫婦を助け出すことができた。そのシーンは、テレビで全国に流れた。テレビのインタビューで老夫婦は、三男一家が正月に来た時に残した非常食のコーンフレークで生き延びたという。次の日、消防団の一人、大庭の大学の先輩である太刀洗が訪ねてきた。「綱渡りの成功例」。
 『さよなら妖精』『王とサーカス』に出てくる太刀洗万智を主人公とした短編集。「真実の10メートル手前」は新聞社時代、残り5作はフリージャーナリスト時代に太刀洗万智が遭遇した事件である。あとがきにあるが、元々大刀洗を主役としたシリーズ短編を書くつもりはなかったという。色々な経緯を経て、シリーズ短編を書くようになったとのことだが、こうやってまとめて読んでみると、本格ミステリとして論理的に事件の真相に近づく謎解き者としての姿と、その真相にまつわる人々の心理と行動を表に出すジャーナリストとしての姿が絡み合った短編集となっている。
 これだったら、もう少し太刀洗万智を主人公とした短編集を読んでみたい。書くのは大変かもしれないけれど