平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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山田宗樹『百年法』上下(角川文庫)

   不老化処置を受けた国民は処置後百年を以て死ななければならない――国力増大を目的とした「百年法」が成立した日本に、最初の百年目が訪れようとしていた。処置を施され、外見は若いままの母親は「強制の死」の前夜、最愛の息子との別れを惜しみ、官僚は葛藤を胸に責務をこなし、政治家は思惑のため暗躍し、テロリストは力で理想の世界を目指す……。来るべき時代と翻弄される人間を描く、衝撃のエンターテインメント!(上巻粗筋紹介より引用)
 不老化処置を受けた国民は処置後百年を以て死ななければならない――円滑な世代交代を目論んだ「百年法」を拒否する者が続出。「死の強制」から逃れる者や、不老化処置をあえて受けず、人間らしく人生を全うする人々は、独自のコミュニティを形成し活路を見いだす。しかし、それを焼き払うかのように、政府の追っ手が非情に迫る……世間が救世主を求める中、少しずつ歪み出す世界に、国民が下した日本の未来は!? 驚愕の結末!(下巻粗筋紹介より引用)
 2012年7月、角川書店より単行本刊行。2013年、第66回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)受賞。2015年3月、文庫化。

 

 勧められてようやく手に取ったのだが、面白くて一気読み。SFポリティカルサスペンス? どういうジャンルになるんだろう。
 戦後すぐに導入されたアメリカの新技術HAVI。不老となり、病気や事故、殺人などでなければ死ぬことがない。しかし血を入れ替えるために、HAVI処置後百年経ったら、生存権を始めとする基本的人権をすべて放棄する「生存制限法」、通称「百年法」。この設定がすごい。いや、確かに不老不死も、強制死去も、昔からあるネタではある。しかしこれらを日本社会に組み込み、それらにまつわる歴史を書き綴るというのはびっくりした。
 確かに死ぬのは嫌かもしれないが、しかし新陳代謝がなければ国力は衰退する。様々な矛盾と本能が交錯する社会の描写がうまい。特に日本人と日本社会ならではの曖昧さが絶妙。世の中を動かす政治家や官僚たちだけでなく、警察や一般市民、さらにテロリストなどの犯罪者なども含め、様々な考えを持つ者たちによる社会の変動と再生、歪みと苦悩と愛情が描かれており、壮大な歴史絵巻となっているところがすごい。生と死だけでなく、民主主義と独裁主義、権力、英雄、大衆、世論、願望、愛、親子、欲望と嫉妬、文化、生活、時の流れなど、様々な問題点が浮き彫りとなり、そして我々に問いを投げかける。一つの回答が、また新たなる歪みと疑問を生み出す。永遠に結論が出ない問題でありながらも、我々はそれに向かい合わなくてはならず、そして生き続けなければならない。
 人物の掘り下げが欲しいなと思うところもあるが、作者があえて触れないでいる部分も多そうだ。この作品はあくまで百年法を軸とした大河ドラマ。そんな作品なのだろう。傑作である。