平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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市川憂人『ボーンヤードは語らない』(東京創元社)

 U国A州の空軍基地にある『飛行機の墓場(ボーンヤード)』で、兵士の変死体が発見された。謎めいた死の状況、浮かび上がる軍用機部品の横流し疑惑。空軍少佐のジョンは、士官候補生時代のある心残りから、フラッグスタッフ署の刑事・マリアと漣へ非公式に事件解決への協力を依頼する。実は引き受けたマリアたちの胸中にも、それぞれの過去――若き日に対峙した事件への、苦い後悔があった。高校生の漣が遭遇した、雪密室の殺人。ハイスクール時代のマリアが挑んだ、雨の夜の墜落事件の謎。そして、過去の後悔から刑事となったマリアと漣がバディを組んだ、“始まりの事件”とは? 大人気シリーズ第四弾は、主要キャラクターたちの過去を描いた初の短編集!(粗筋紹介より引用)
 『ミステリーズ!』に2018年~2020年に掲載された短編に、書き下ろしを加え、2021年6月刊行。

 

 〈マリア&漣〉シリーズ最新作。3年ぶりの単行本は、U国A州F署刑事課所属のマリア・ソールズベリー警部と九条漣刑事、シリーズキャラクターであるU国第十二空軍のジョン・ニッセン少佐の過去がそれぞれの短編で描かれている。
 表題作「ボーンヤードは語らない」は、空軍基地の『飛行機の墓場(ボーンヤード)』で夜更けに発生した飛行機からの不審な墜落事件。ジョン少佐が対峙した過去の事件を思い出しつつ、マリアや漣に助言をもらいながら事件を解決する。現場で見ている人間より、外で見ている人間の方が不審点が見えてくるという謎の解決は面白い。
 足を怪我した母を連れて病院からの帰り道。偶然新聞部の後輩、九条漣と会った元新聞部部長の河野茉莉は荷物を持ってもらい、そのまま家でお茶を飲んでもらうことになった。茉莉の父親、河野忠波留は、一部のマニアに受ける陰鬱な写真でそこそこ知られた写真家であった。夕方5時、父に呼ばれたという茉莉の嫌いな叔父夫婦がやってきた。大雪だからと漣に泊まってもらう茉莉。明け方、外にあり写真が飾ってある小屋で、忠波留がゴルフクラブで殺されていた。勝手口から小屋までは行きの足跡が二つ、帰りの足跡が一つ。しかし雪が降っているときに停電となっていた。電卓を使った小屋の扉は空けられるはずがなかった。「赤鉛筆は要らない」。雪密室の殺人事件だが、謎そのものはそれほど難しいものではない。むしろ犯行の哀しみと、そこに立ち会ってしまった九条漣の苦悩の方が物語の主軸となっている。どうでもいい話だが、いくら1970年代でも、裁判が10年も続くかな……。あと、足跡トリックって謎の割に解決時の快感が少ないね。
 ハイスクールで『赤毛の悪魔(レッドデビル)』と呼ばれているマリア・ソールズベリーは日曜日、唯一の親友であるハズナ・アナンとピクニックを予定していたが、土曜日の夕方は雨が降っている。ようやくハズナから電話がかかってきたが、様子が変なまま途中で切れてしまう。慌ててハズナのアパートへ行くが、4階の彼女の部屋は鍵がかかって開かない。アパートの裏に回ったマリアの耳にガラスの砕ける音と鈍い衝突音が聞こえた。裏にあるトタン屋根のの建屋の中に、ハズナが裸のまま倒れていた。マリアは中に入ろうとしたが鍵がかかっていたので、窓を割って入ろうとしたら、誰かに頭を殴られ、気を失った。病院で目を覚ますと、伯父であるフレデリック警視の姿が。警察が駆け付けた時、マリアとハズナと、そして資産家の息子である同級生のヴィンセントにいつも従者のように付き添っているジャック・タイが倒れていた。「レッドデビルは知らない」。ハイスクール時代のマリアの苦い思い出。墜落死体の謎とアリバイトリックがあるのだが、どちらかといえばU国の白人至上主義なところにスポットが置かれた作品。確かに“苦い”一編である。
 1982年8月、九条漣はU国A州フラッグスタッフ署に配属され、ゾールズベリー警部の下に就くこととなった。「口うるさそうな奴」「派手でだらしない人だ」というのが互いの第一印象だった。そして二日目、緊急通信指令室に子供からの助けてとの電話が。マリアは電話の録音を聞いただけで、おおよその位置を特定する。早速手分けして捜査が始まり、二人はそれらしい家を見つけるが、家族は否定。しかし二日後、その家族の娘が殴打され、母親が飛び降りた。「スケープシープは笑わない」。マリアと漣の最初の事件。どちらも高校時代の苦い思い出を背負いつつ、事件に立ち向かう。あっという間に分かり合えた、かどうかはわからないが、互いを認めあう二人の過程は面白い。そしてこちらも、人種にまつわる問題が絡む点では、ちょっとした社会派の側面があるといえる。

 

 四編を読んでみると、どれもが登場人物を深堀するような作品となっている。マリア、漣、ジョンの傷口を振り返り、そしてまだ残ったままの傷跡を見ながら前を見る姿が浮かび上がってくる。登場人物たちを深く知ることができる好短編集。ただキャラクターの心情が中心となっている分、独立した短編として読むのは、ちょっと厳しいかな。そろそろシリーズの長編を読みたいものだ。それと、漣のあの性格と口調になった理由って、どこかで書かれるのだろうか。中学校時代の恋愛話とかあったら面白そうだ。