平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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横溝正史『雪割草』(戎光祥出版)

雪割草

雪割草

  • 作者:横溝正史
  • 発売日: 2018/03/08
  • メディア: 単行本
 

  舞台は、信州諏訪。地元の実力者緒方順造の一人娘有爲子は、旅館鶴屋の一人息子雄司との婚約を突然取り消されてしまう。それは、有爲子が順造の実の娘ではないことが問題とされたためであった。順造は、婚約破棄の怒りから脳出血に倒れ、そのまま還らぬ人となる。出生の秘密を知らされた驚きと順造を喪った悲しみとで呆然とする有爲子であったが、順造の遺した手紙を頼りに、順造の友人賀川俊六を尋ねて上京する。
 東京行きの記者の中で有爲子は、偶然五味美奈子の率いるスキー帰りの一行に遭遇し、その中で一人賀川俊六の息子仁吾の姿を印象に留める。仁吾は、日本画家の大家五味楓香の弟子で将来が有望視されている若手である。
 上京した有爲子は、賀川俊六がすでに亡くなっているのを知り、落胆する。順造の知人恩田勝五郎夫婦を頼った有爲子は、順造が残した財産に目を付けられ、雄司と無理やり引き合わせられそうになる。難を逃れようとして路上に飛び出した有爲子は、自動車にはねられ、病院に運ばれる。やがて意識を回復した有爲子の前にいたのは、あの仁吾であった……。(粗筋紹介より引用)<br>
 『新潟毎日新聞』・『新潟日日新聞』(他紙との統合で紙名変更)1941年6月12日から12月29日まで199回連載。横溝正史の草稿から発見され、調査で掲載紙が判明。2018年3月、単行本刊行。横溝正史の次女で児童文学作家の野本瑠美さんによる特別寄稿「独り言の謎」も収録。

 

 横溝正史幻の長編。存在さえ知られていなかった。走行発見、単行本刊行はニュースにもなった。亡くなって36年も経つのにニュースになるぐらいだから、やはり横溝正史は偉大な作家である。横溝正史はいろいろな作品を書いているが、まさかこんな家庭小説を書いているとは思わなかった。戦時中で探偵小説が書けず、捕物帳にも一部制限がかかるぐらいの状況下だったので、仕方がなかったとは思う。それでも横溝らしい波乱の展開が散りばめられており、稀代のストーリーテラーらしい面白さがやはりあった。
 戦時下らしい表現、言動があるのは仕方がない。今読むと、あまりにも古い考え方も多いだろう。それでも有爲子を始めとする女性登場人物の力強さが十分伝わってくる。戦時下で男性は出征しているから女性が国内を支えろ、みたいなところはあるのだろうけれど、それを除いても女性の強さという点にスポットを当てているのは、なんとなく横溝らしいと思うのは私だけだろうか。<br>
 話題になったのが、賀川仁吾の容姿が金田一耕助に似ていること。それもまた、横溝研究には興味深い内容だろう。
 横溝異色の作品だが、それでも横溝らしさがうかがえる一冊。なぜ今まで横溝がこの作品に触れなかったのか不思議だが、面白い作品だった。