平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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西村京太郎『D機関情報』(講談社文庫)

D機関情報 (講談社文庫 に 1-3)

D機関情報 (講談社文庫 に 1-3)

昭和19年の夏、海軍の関谷中佐は密命を帯びてヨーロッパに渡った。しかし協力者の駐在武官矢部は、謎の死を遂げていた。スイスに向う途中事故に会った関谷が病院で蘇生すると、大事なトランクが同行者と共に消えていた。彼の周囲は敵のスパイだらけ。大戦末期の諜報戦をテーマの、あざやかなスパイ小説。

1966年6月、書き下ろし刊行。1978年12月、講談社文庫化。



西村京太郎が『天使の傷痕』で乱歩賞を受賞した後に執筆された受賞後第一作である。日本ではまだ数少なったスパイ物であるが、解説で書かれている通り『ゴメスの名はゴメス』『密書』『風は故郷に向う』『密航定期便』『風塵地帯』といった日本を代表するスパイ小説が出ていた時期である。受賞後第一作に挑戦する分野としてはかなり冒険的である。受賞作と同じ傾向の作品を書いてもよかっただろうとは思ったが、そこは幅広いジャンルを書こうとする作者からの挑戦状だったのかもしれない。

ただ本作は実際にいた人物に多くを依存している。関谷中佐はベルン駐在海軍武官藤村義朗がモデルであるし、笠井記者は朝日新聞笠信太郎、今井書記官は公使館嘱託の津山重美、ドイツ情報局員のハンクは反ナチ親日ドイツ人フリードリッヒ・ハック、そしてDはOSS欧州本部長で後にCIA長官にもなるアレン・ウェルシュ・ダレスがモデルである。藤村とダレスの間に和平交渉があったのも事実である。

実際に会った和平交渉を基に、骨太のスパイ小説を描き上げた腕はさすがである。日本を救おうとする彼らの無念さがよく書かれており、特にラストの印象が非常に強い。

初期の西村京太郎は、本当に色々なジャンルにチャレンジしていたのだなと思わせる一作。作者自身がベストに選ぶのも頷ける力作である。