平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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安東能明『撃てない警官』(新潮文庫)

撃てない警官 (新潮文庫)

撃てない警官 (新潮文庫)

総監へのレクチャー中、部下の拳銃自殺を知った。柴崎令司は三十代ながら警部であり、警視庁総務部で係長を務めつつ、さらなる出世を望んでいた。だが不祥事の責任を負い、綾瀬署に左遷される。捜査経験のない彼の眼前に現れる様々な事件。泥にまみれながらも柴崎は本庁への復帰を虎視眈々と狙っていた。日本推理作家協会賞受賞作「随監」収録、あなたの胸を揺さぶる警察小説集。(粗筋紹介より引用)

2010年10月、新潮社より単行本刊行。2013年6月、文庫化。



鬱病から回復傾向にあった木戸巡査部長が射撃訓練中に自殺。柴崎は企画課長の中田から電話で許可をもらっていたが、中田はそのような連絡はしていないと言う。結局柴崎だけが責任を取り、綾瀬署警務課課長代理に異動と左遷させられた。柴崎に電話をしたのは誰か。「撃てない警官」。

アパートで一人住まいの老女が変死体として発見される。柴崎は副署長兼警務課長の助川に命じられ、実況見分に同行する。自殺かと思われたが、一人娘に1年1か月前、2000万円の生命保険金を掛けられていたことが判明。娘が犯人かと思われたが、柴崎はある事実に気づく。「孤独の帯」。

極秘扱いの警備計画書が証拠保管庫から紛失した。明らかに内部の犯行。しかも表に出すことはできない。署の幹部だけによる必死の捜査が行われた。「第3室12号の囁き」。

26歳の女性・小西から警務課に入った電話は、55歳になる交番の森島警官に3か月前からストーキングをされているというものだった。柴崎が尾行すると、森島は確かに小西の部屋を見上げ、小西に電話をしていた。妻と子供があり、今まで真面目に勤めて何一つ問題を起こさなかった森島がなぜこのような行動を。「片敷」。表題はストーカーを指す昔の刑事用語。

柴崎は休日の土曜日、小松川署交通課長代理の石岡と会っていた。「内通者」。

柴崎が宿直の夜、方面本部の随時監察が入った。署内の交番で、被害届が放置されていたことが発覚。届を受理した巡査に確認すると、交番所長である広松に、届け出を放置しろと命令を受けたことが分かる。早速広松を呼び出すも、上司は呼び捨て、監察官はおまえら呼ばわり、そして広松は簡単にその事実を認めた。署内の調査を柴崎が行うこととなった。「随監」。

柴崎は、自分を左遷した中田の賄賂の出所を見つけた。どう使おうか悩んでいるとき、ショッピングセンターの女子トイレで女子高生が赤ん坊を生むも放置し、本人も大量出血で会談で倒れていた。運ばれた先は、義父が警視庁退職後に勤めている総合病院。翌日、赤ん坊が誘拐された。「抱かれぬ子」。



安東能明の柴崎シリーズ第1作となる連作短編集。どちらかといえばサスペンス小説が主だと思っていた作者の警察小説ということで少々意外だったが、これが意外にはまっている。

それにしても、主人公の柴崎をはじめ、感情移入できる登場人物が全然いないというのはどういうことだと思いつつ、それでも読んでいると面白い。嵌められた柴崎が、一癖も二癖もある助川に振り回されつつも、何とかして出世コースに戻ろうと足掻く姿が実に楽しい。エリートが道を踏み外して苦労する姿を楽しむというのは、庶民のちょっとした復讐だな。内容としても、殺人事件はわずか1件であり、署内の問題に取り組む方が多いというのは、かえってリアルな警察像を浮かび上がらせており、読んでいて引き込まれる。それぞれに意外な真相も用意してあり、作品の構成も悪くない。

協会賞受賞作の短編が収録されていることから気にはなっていたのだが、ようやく手に取ることができた。ただ、シリーズ化されているとのことだが、二作目を読むかと聞かれると、少々微妙。もうちょっと読者受けする人物を出せばいいのにと思うが、そうすると本シリーズの路線とは外れてしまうし、難しいところである。