平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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麻耶雄嵩『貴族探偵』(集英社文庫)

貴族探偵 (集英社文庫)

貴族探偵 (集英社文庫)

信州の山荘で、鍵の掛かった密室状態の部屋から会社社長の遺体が発見された。自殺か、他殺か? 捜査に乗り出した警察の前に、突如あらわれた男がいた。その名も「貴族探偵」。警察上部への強力なコネと、執事やメイドら使用人を駆使して、数々の難事件を解決してゆく。斬新かつ精緻なトリックと強烈なキャラクターが融合した、かつてないディテクティブ・ミステリ、ここに誕生! 傑作5編を収録。(粗筋紹介より引用)

2001年から2009年にかけ、『小説すばる』に掲載。2010年5月、集英社より単行本刊行。2013年10月、文庫化。



信州の山荘で、社長を自殺に見せかけて殺害。針と糸を使ったトリックで鍵を社長のポケットに入れたまではよかったが、回収中に糸が切れてしまった。朝、社長が殺害されたと大さわぎする皆の前に現れたのは、貴族探偵。「ウィーンの森の物語」。超古典的トリックから始まってどうなるかと思われたが、そこからの展開と、切れた糸の使い方が見事。ちなみに謎を解いたのは、執事の山本。

東北地方の小都市で、女性のバラバラ死体の一部が倉庫から発見され、二日後、高校教諭が被害者の頭部を河原に埋めていたところを目撃された。教諭は女性に生徒との恋愛を見つけられ恐喝されていた。当然犯人かと思われたが、女生徒とは卒業する一か月後に結婚する予定なので、動機はないと主張。さらにアリバイが成立した。女性は他にも恐喝していたが、その証拠は犯人によって奪われていた。「トリッチ・トラッチ・ポルカ」。アリバイトリックは大胆ながらも前例のあるものだが、犯人像が意外だったので驚かされる。ちなみに謎を解いたのは、メイドの田中。

北陸の老舗旅館へ早めの卒業旅行に来た女子大生の紀子と絵美は、テレビで人気の作家、大杉道雄と堂島尚樹と遭遇。大杉夫妻、大杉妻の妹である水島夫妻、堂島と交流するようになるが、行われていた蝶陣祭の最中に水島の妻・佐和子が殺害された。佐和子と堂島はかつて付き合っており、水島は佐和子の浮気を疑り、さらに佐和子の密会相手と思われる松島もこの旅館に来ていた。しかし、その3人のいずれも、佐和子を殺害する機会はなかった。「こうもり」。これまたアリバイトリックは古くから使われていたものだが、その伏線の張り方はうまく、まさかこんな使われ方をしているとは思わなかった。本作品中のベスト。ちなみに謎を解いたのは、メイドの田中。

編集者の日岡美咲は、予定していたイタリア旅行が親友の食中毒でキャンセルになり、恋人がいる吉美ヶ原の別荘にサプライズで向かったら浮気相手と遭遇、と散々な結果。しかも帰り道の運転中、目の前に石が落ちてきて、それを避けようとしてガードレールに衝突。偶然通りかかった貴族探偵の車に乗り、人為的に落とされたと思われる石がある富士山が見える別荘へ向かったら、そこは美咲が担当しているミステリ作家・厄神春柾のものであり、しかも中には厄神の惨殺死体があった。「加速度円舞曲」。トリック自体はよくあるもので意外性には欠けるが、ここは日岡美咲の不幸から救われていく過程を楽しむ作品。ちなみに謎を解いたのは、運転手の佐藤。

奈良の南部にある小さな町に住む元伯爵家で中央にも影響をもつ桜川家では、当主・鷹亮がただ一人の直系の孫であり後継でもある弥生の婿候補三人が集まっていた。どれも下品で器量不足で、成り上がりの家柄の息子だが、鷹亮が苦境の頃に助けてもらった家でもあるので、邪険にもできなかった。そんな状況を苦々しく見守る、弥生の従姉妹の豊郷皐月。そして客として来ていた貴族探偵。選びようがない弥生に鷹亮は、三日以内に選べと命令する。しかしその夜、三人とも殺害された。「春の声」。結末はかなり強引なもので、力技としか言いようがないものだが、シリーズ最後ということで、貴族探偵のテリトリーである上流社会を舞台にし、力の入れた作品になっている。ちなみに謎を解いたのは、山本、田中、佐藤がそれぞれ一人ずつの事件を担当した。

ひねくれた本格ミステリ作家、麻耶雄嵩が作り出した新しいキャラクターが、貴族探偵。姿かたち言動は貴族と思わせるもので、「労働は家人に任せる」の言葉通り、捜査から推理まで全て任せてしまうため、どこが探偵なのかさっぱりわからない、とひねくれるのもほどがある、と言いたくなるキャラクター。正直言うと、それぞれの作品は「貴族探偵」と名乗るだけの別人かと思っていた。舞台はばらばらだし、おつきの人物も一部を除いて別々。もっとも最後の作品で、やっぱり同一人物だったのかと知り、ちょっとがっくりきた。それにしても、全ての作品で女性を口説いたり恋人がいたり、という状況だし、最後の作品でぬけぬけと「一度は喜びを共有した間柄です。不幸にさせることは決してありません」と言っているようでは、ただの女たらしか、と言いたくなる。もっとも付き合っている女性もそういう点はしっかり見ているようだから、問題はないのだろうなあ。羨ましい話だ。

作品の方はいずれも古いトリックを三つぐらいひねくったようなもので、これをこう使うのかという驚きを与えつつも、その料理の仕方はさすがといえる仕上がりとなっている。ただそのひねくりぶりは、本格ミステリ初心者には少々受け入れられないかもしれない。本格ミステリを読みつけている読者ほど、驚くだろう。

 キャラクターの突飛さに目を奪われがちだが、本格ミステリとして読み応えのある短編集である。それにしても、作者は本当に巧くなったものだ。