平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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市川憂人『ジェリーフィッシュは凍らない』(東京創元社)

ジェリーフィッシュは凍らない

ジェリーフィッシュは凍らない

特殊技術で開発され、航空機の歴史を変えた小型飛行機<ジェリーフィッシュ>。その発明者であるファイファー教授を中心とした技術開発メンバー六人は、新型ジェリーフィッシュの長距離航行性能の最終確認試験に臨んでいた。ところが航行試験中に、閉鎖状況の艇内でメンバーの一人が死体となって発見される。さらに、自動航行システムが暴走し、彼らは試験機ごと雪山に閉じ込められてしまう。脱出する術もない中、次々と犠牲者が……。

二十一世紀の『そして誰もいなくなった』登場! 選考委員絶賛、精緻に描かれた本格ミステリ。(粗筋紹介より引用)

2016年、第26回鮎川哲也賞受賞。同年10月、単行本刊行。



帯に「21世紀の『そして誰もいなくなった』登場!」と書かれていたら、たとえどんな出来か想像するのが恐ろしくとも、本格ミステリファンなら読まないわけにはいかない(と言うほど、本格ミステリファンじゃないが)。しかしこれはいい意味で裏切られた。これは確かに、「21世紀」の『そして誰もいなくなった』と言っていいだろう。この作品が下敷きにあったからこそ書けた作品で、なおかつこの作品の読者にもあっと言わすことができる作品なのだから、見事というしかない。

舞台は1983年なのだが、実際の世界には存在しない小型飛行機<ジェリーフィッシュ>が舞台。新型機の実験途中で雪山に不時着させられ、オリジナル開発メンバーである六人が一人ずつ殺害されていく。一方では六人の死体の発見後、U国A州F署刑事課所属のマリア・ソールズベリー警部と九条漣刑事が、雪山の中腹に燃えていたジェリーフィッシュが発見され、機体の中から六人の他殺体が見つかった謎に挑む。捜査の過程で、ジェリーフィッシュの開発過程に疑惑が生じる。

片や閉ざされた空間で一人ずつ仲間が殺害されていくサスペンス、片や少しずつ明かされる不可能さにがんじがらめとなる本格ミステリ本格ミステリ……というよりは、むしろ新本格ミステリの伝統的な型であることは間違いないが、気?式浮遊艇というSFっぽい設定が読者の興味を惹くし、さらにその裏が少しずつ明かされる過程もよくできている。探偵役のキャラクターも、なかなか考えられている。ただ、キャラクターが強すぎて活かし切れていない感もあるが、この編は次作への引きなのだろう。誰の視点なのかわからないところがあったのは弱点だが、些細なものだろう。

型どおりの作品だから、誰がどう考えても犯人は特定できるわけで、ではどうやって終わらせるか。ここがいちばんの興味どころだったが、読み終わって見事膝を叩いてしまった。なるほど、この手があったのかと思わせるトリック。読者の頭の中に情景を浮かべることができる、まさに映えるトリックと言っていいだろう。これを考え出しただけで、お見事と言いたい。これはすれたファンでもアッと言うと思う。

作者は多分、遠くの彼方へ去りつつある『十角館の殺人』の輝きを自分の手で取り戻したかったのだろう。新本格ミステリファンが、原点に返って読みたい作品を自ら書いた、そうとしか思えない作品である。そしてその目論見は、成功したと言っていい。素直に面白かったと言える作品だった。鮎川賞でも五本の指に入る作品(あと四本は後で考えよう)だと思う。